クオリティ・スクールを目指す(145)芳水小学校開校百周年記念

eye-catch_1024-768_takashina-school

教育創造研究センター所長 髙階玲治

創立者の意志を受け継ぐ

東京都品川区立芳水小学校(齋藤早苗校長)が3月2日に開校百年の記念式典を行った。学校は大正7年(1918)、創立者が明電舎を創業した重宗芳水という極めて珍しい学校である。

重宗芳水は山口県岩国藩の小禄藩士の家に生まれたが、遠縁を頼って上京、東京工手学校(現工学院大)に夜間通学し機械科で学んだ。三相交流発電機などで業績を伸ばし、明治30年(1897)に明電舎を開業した立志伝中の人である。その会社が現品川区の大崎町に建てられていた。

大崎は明電舎の城下町と言われるほどだが、社員の子供たちは鉄道を挟んだ遠い小学校に通っていた。そこで近くの学校で学ばせたいと、重宗が小学校創立を思いつく。

だが、45歳の若さで死去する。2代目社長になったのが妻の重宗たけである。夫の意志がどれほど強かったか、たけは私財を投じて学校を創り、大崎町に寄付するが、夫の名前を学校に残すのである。

たけの子供たちへの言葉が残っている。「この学校で学んだあと、家が貧しくて上の学校に行けなくても親をうらんではいけない。上の学校に行ったからといって何ほどのこともない。誰もが、世のため、人のためにあれ」。

私は芳水小学校で昨年度まで10年ほど外部評価委員長を務めていたが、委員たちと学校や町内の雰囲気が極めてよいことを話し合っていた。PTAを終えた保護者が集う「芳水桜会」という70年以上続く支援団体、雅楽体験や地域餅つき大会を支援する居木神社など町会・自治会の活動が盛んである。学校を支える人のつながりが豊かである。驚くのは毎朝、学校の前の道を清掃する方がいて、50年も続いている。

実は、学校のある大崎西口駅前地区は30年も前から、地域を豊かにする活動を始めていたという。それが最近5年ほどの間にこの地区は明電舎の新社屋ビルなど会社やホテルなど高層ビルが立ち並ぶようになり、高層マンションも増えた。大崎駅は大きく変貌し、その駅前には市民の広場が展開している。

学校は昨年12月新しく校舎が完成した。数年前まで全校12学級だったが、今は1学年3学級が多くなり、1年生は4学級である。やがて24学級まで膨れ上がるであろう。

新旧住民・子供が入り交じる地域や学校になるが、誰もが地域の雰囲気を信じて心配はないという。創立者の意志が生きる学校として、さらに明電舎は「ものづくり」のよさを子供たちに伝える活動を始めている。「社会に開かれた学校」が言われている今日、学校のさらなる発展に期待したい。