寺脇研の平成の教育30年史(4)教育改革国民会議

星槎大学客員教授 寺脇 研

1998年に小・中学校2002年実施の指導要領が告示され、「21世紀には大きく教育が変わる!」という機運が盛り上がってきた矢先の99年、センセーショナルな題名の書籍が次々と出版された。

『学校崩壊』(河上亮一著、草思社刊)と『分数ができない大学生―21世紀の日本が危ない』(岡部恒治ら編著、東洋経済新報社刊)である。前者は現役中学校教師が著者で、公立学校が生徒を制御できない状態になっていると訴えた。後者は大学教員らによるもので、大学生の学力が低下していると憂えていた。

また、この年の秋には首都圏の大手進学塾が「円周率が3になる」といった大規模キャンペーンを展開し、結果的に世論を大きく動かした。いずれも、今で言えば明らかなフェイクニュースである。全国の学校が「学級崩壊」のために崩壊しているというのがうそなのは、00年前後の学校現場を知る人なら誰でも分かる。京都大学の学生が小学生の算数が分からないのなら、難しい入試をどうやって突破したのだろう。円周率は3.14であると、ちゃんと教科書に書いてある。

こんなでたらめがいつの間にか「世間の常識」になってしまうのだから、メディアの影響力は恐ろしい。後に「ゆとり世代」呼ばわりされた若者が、大人たちから「お前たちは円周率3だろう」とあざけられ、「3.14で習いましたよ」と言っても「うそだ。テレビでそう言っていた」と否定されて悔しがっていた。当事者の証言よりテレビを信じる大人。若者がメディアの言説をうのみにしてはいけないという教訓を得たことが救いだろうか。

とにかく、その当時、「ゆとり教育」で学力が下がるという根拠のない風説がまかり通ったのである。しかし風説は風説。文部省はびくともせず、新学習指導要領の実施に向けて準備を進めていった。

当時の小渕恵三首相も、この教育改革の意義をよく理解して応援してくれた。小渕首相は演説で必ず「個と公」(「公と個」ではない)を強調した。「個」が尊重されてこその「公」だとして、個人を大切にする教育体制を認めていた。臨教審答申がうたっている「個人の尊厳の重視」「自由・規律の併存」は、小渕首相の政治信条と重なる部分が大きかったのだ。

学力低下などの反対論があるのを承知の上で、改革は文部省に任せ、この教育改革に関する国民の支持意識をつくるのが政治の役割だと小渕首相は腹を決めた。そのために、00年3月、首相直属の「教育改革国民会議」を新設して議論を深めようとしたのである。


【プロフィール】

寺脇研(てらわき・けん) 1952年、福岡市生まれ。75年東京大学法学部を卒業後、文部省(当時)に入省。生涯学習局(当時)の新設、高校の総合学科創設などに携わる。2002年度改訂の学習指導要領でうたわれた「ゆとり教育」を推進する一方、「脱ゆとり教育」を求める批判の矢面に立った。文化庁文化部長などを歴任し06年退官。07年より京都造形大学教授。現在は星槎大学大学院教育学研究科客員教授。著書に「危ない『道徳教科書』」(宝島社)など多数。