校長のパフォーマンス(96)サイコパスとは何か

eye-catch_1024-768_takashina-performance

教育創造研究センター所長 髙階玲治

ウィキペディアによれば、サイコパスは反社会的人格を意味する心理学用語である。

犯罪心理学者の定義では、「良心が異常に欠如している」「他者に冷淡で共感しない」「慢性的に平気でうそをつく」「行動に対する責任を全く取れない」「罪悪感が皆無」「自尊心が過大で自己中心的」「口が達者で表面は魅力的」という特徴を持つという。

ただ、脳科学者の中野信子はアメリカ人の全人口の4%を占める調査などがあって、サイコパス=犯罪者と考えるのは危険だという(『サイコパス』文春新書2016)。カナダ人の調査では、男性の0.75%がサイコパスである。政治家などに多い傾向があるという。

そこでサイコパスについて脳科学によって明らかになったことは、脳内の扁桃(へんとう)体という、恐怖を感じにくい部分の活動が低下していて、普通の人間の持つ熱い共感を持ちにくくなっているというのである。

その結果、サイコパスは人類の長い歴史のなかで常人が成し得ない未知な探究を行ったり、死を恐れなかったりする行動を可能にして、一定の役割を持っていたのではないか、とする。例えば、織田信長はその典型ではないか、と。

現在のサイコパスは、と言えば、経営者、弁護士、外科医に多いという。逆に少ないのは、介護士、看護師、ボランティアなどで、教師も入る。

その意味では、サイコパスは見分けがつかないともいえるのであるが、福田ますみのノンフィクションに描かれている人物(『でっちあげ』『モンスターマザー』新潮文庫)は、明らかにサイコパスというイメージである。

矢継ぎ早にうそをついて、それに弁護士や精神科医がだまされる。結婚する前はしおらしい女性と思えたのが、結婚の約束をしたとたん豹変(ひょうへん)する。うそがばれても平然として次のうそをいう。反省というのがない。

サイコパスと向き合ったとき、どう対処すべきかは難しいが、中野信子は「魅力的な人に出会ったとき、私はまず、その人がサイコパスである可能性を疑います」と本の表紙に書いている。しかし、サイコパスであっても、ほとんどが悪人なのではない。ただ、『でっち上げ』に出てくるような教師への非難には、一方的にそれに同調するのではなく、周囲の状況を見極めて判断することが大切である。判断を誤れば、極めて悲惨な事態を引き起こしかねないのである。

作者の福田ますみはサイコパスを意識してノンフィクションを書いたのではないが、結果として、もしかすると私たちの周囲にも悪いサイコパスが存在するのではないか、と考えさせられる本になったといえる。

最近はかなり多く、教師・子供相互による暴力やいじめ、児童虐待の報道に接する。その起因は多様であるが、サイコパスはその起因の一つと考えることも可能なのではないか。