公教育の私事化(8)「市民的知性」の獲得

東京都教委特任教授 獨協大学非常勤講師 岩崎 充益

3月15日にニュージーランド・クライストチャーチで、男がモスクを連続して襲撃した事件は、50人が死亡、20人以上が重傷を負い、同国史上最悪の銃乱射事件となった。

19日のニューヨーク・タイムズ紙のオピニオン欄は、トランプ大統領が唱導する「白人至上主義」が今回の事件を招いたと主張している。移民排斥や自国第一主義をうたった政策も、少なからず事件に影響を与えているのだろう。

印象的だったのは、この事件の翌日にニュージーランドのアーダーン首相が発したメッセージである。「われわれは一つ、(殺された)イスラム教徒の人々もわれわれと同じニュージーランド国民です(We are one, They are us)」と、国民の多様性を尊重する強い意思を示した。

21世紀を生きる「知」はIB(国際バカロレア)の教育理念と一致する。IBの教育理念は西洋型エリート教育というより、世界標準知(グローバル・コンピテンシー)の獲得と、世界のリーダーとなる人材の育成を主眼としている。OECDの報告書では、世界標準知を「異なる文化、言語、信条の人々が共存できる地球市民の育成」と定義している。

ニューヨーク・タイムズ紙には他にも興味深い記事があった。15年12月10日に掲載されたその記事によると、単一民族のグループより、人種、宗教など多様性に富むグループの方が、ある課題に対する正答率が58%も高いという。調査したコロンビア大学のデヴィッド・スターク教授らは、単一民族、単一思想集団は偏った考えに集団が流れやすく、誤答率が高くなると分析している。

21世紀は共生社会である。自国第一主義でわれわれの住む地球は守れない。共生社会は人々の多様性、多元的な思考が認められる社会である。

そうした社会で教師は公共的使命感―国家にとって不可欠な、国民主権を担う公民を育成する責務―を負う。単なる知識の伝授のみならず、人格がミメーシス(感染的模倣)となって児童生徒に良い影響を与える、そういった教師が求められる。初期ギリシャにおいては、自己陶冶を達成し自立した者が周囲に影響を及ぼすミメーシスこそ、理想の教育とされていた。

哲学者の鷲田清一は著書『哲学の使い方』の中で、ひとの生において何が真に重要か考えながら、その実現に向けさまざまな知を配置し、つくろい、まとめあげていく技を「市民的知性」と名付けている。

21世紀の教育は、あらゆる人種・思想・信条の人々と共生していくための「市民的知性」の獲得を、必須の学びとして位置付ける必要がある。

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