寺脇研の平成の教育30年史(8)確かな学力がもたらした代償

星槎大学客員教授 寺脇 研

遠山敦子大臣が個人的に「ゆとり教育」見直しの意向を表明しても、学習指導要領自体を撤回するわけにはいかない。

実直な学校現場は、初めて取り組む「総合的な学習の時間」の内容を深めることに努力し、子供たちに自ら学び自ら考える力を付けようと工夫を凝らしていくはずだった。

文化庁に異動となった後も、折に触れ京都市立祥豊小学校でのゲストティーチャーを務め、最初に5年生だった学年が卒業するまでの丸2年間、私は付き合った。

担任の先生の力によって、彼らの積極的に学ぼうとする意欲が驚くほど深まっていくのを目の当たりにした。今でもその光景は忘れられない。日本の教師の底力を改めて思い知った。

もし文科省が断固たる姿勢を崩すことなく、現場を応援し続けていたならば、本来真面目な日本の教師は、指導要領が目指す「生きる力」を極める方向に進んでいたと私は思う。

しかし、現実は違った。「確かな学力」の向上が何より優先され、現場では「総合」はいずれなくなるのではないかと受け止められるようになった。

2004年には、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)の03年調査結果が公表され、前回の00年調査より順位が下がったとけたたましく騒がれた。

確かに数学的リテラシーは1位から6位になったものの、上位とは統計的有意差がなく1位グループと認定されていたし、科学的リテラシーは2位からフィンランドと同点で1位になった。

8位から14位になった読解力にしても、統計的有意差では9位の国と同じグループだった。何より参加国・地域数が32から41に増えたのを考慮する必要がある。

だが、順位にこだわる世論はこの結果に納得しなかった。それにあおられるように、当時の中山成彬大臣は「全国学力・学習状況調査」の導入を決定。07年度から実施されるようになった。

これが今度は、都道府県別や学校別の順位比べを過熱させ、テスト対策に奔走させられるなど全国の学校現場を混乱させていったのは周知の通りだ。

また、06年に発足した第一次安倍晋三政権は首相直属の機関として「教育再生会議」を設け、07年に「ゆとり教育」の見直しと学力向上を提言させた。

これらを受け08年に告示された小学校11年、中学校12年実施の指導要領では、授業時数と教育内容が増加する方向に転じることとなる。

それでも文科省は、96年の中教審答申で打ち出した「生きる力」重視の基本理念は不変としたのだが、学力低下、PISAの順位と根拠に乏しい批判を重ねてきたマスコミは、ここぞとばかり「脱ゆとり」の大合唱となった。

そして私は、第一次安倍政権誕生と同時に文科省を去った。