寺脇研の平成の教育30年史(10)22世紀に向けた「学びの課題」

星槎大学客員教授 寺脇 研

こうして振り返ると、平成の教育改革は臨時教育審議会答申に始まり、1996年中教審答申を受けての2002年学習指導要領と進む「生涯学習」という新しい理念に沿った「質的転換路線」と、それを批判して昭和経済成長期の競争主義に戻す「学力向上路線」との対立が続いた時代だった。

当時、臨教審答申ほどの大きな転換を成し遂げるには、それ相応の時間が欠かせないと直感していたが、その通りになった。

教育改革には、理解を得ていくための長い時間が必要だ。1872年に学校制度ができた当初も、子供を労働力として扱う考え方は根強く、財政上の問題もあって、6年の義務教育年限の完全就学がほぼ達成されるのは、1907年まで待たなければならなかった。

過去にとらわれた守旧的な大人たちが一世代替わるほどの期間を経てやっと、社会の意識は変わる。

しかし、ようやく質的転換の針路は確定した。いよいよ2020年度から順次、「主体的・対話的で深い学び」を、各学校段階を通して実現していく。ただ、教育改革に完成はない。刻々と変化する時代に対応するためには、これまでにない新しい「学びの課題」が用意されなければならない。

当面は、教科化された小、中学校「道徳」と、22年度から高校公民科で必修科目となる「公共」とを有機的に連結させ、いわゆる「シティズンシップ教育」を充実させていくことが考えられよう。

①道徳的・社会的責任②共同体参加③政治リテラシー――を柱として、他者の尊重、個人の権利と責任、人種・文化の多様性の価値を認識するなど、社会の中で円滑な人間関係を維持する能力は、これからの社会に必須になる。

秘話を明かすと、01年に発足した現在の中教審では「シティズンシップ教育」を大きな議題にすることが検討されていた。それが当時の森喜朗首相の意向で教育基本法改正の論議に代えられてしまった経緯がある。

昭和の時代から比べると、平成の間に人々の学びの場は著しく多様化し、選択肢も急増した。小中一貫、中高一貫をはじめとする多種多様な形態の学校が生まれている。

その一つである広域通信制高校として、私も運営に参加している京都造形芸術大学附属高校が今春開校した。その入学式の式辞や祝辞、入学の辞でひたすら語られたのは、学びの深さや楽しさへの期待だった。これこそが、時代の変遷の証しだと言えよう。

そして、私は入学式で新入生たちにこう言った。「君たちは『令和の高校生』なんていう目先の存在ではない。100年を生きて22世紀まで達する未来を持っているのだ」と。

(おわり)

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