【校長としての心構え(7)】合意形成をすることの大切さ その1

元東京都立西高等学校長 石井 杉生
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なぜこう思うのか、なぜそう考えるのか

納得が得られる判断とは

このシリーズの2回目に「判断することの大切さ」について述べたが、学校では日々いろいろな判断をする場面が多い。

しかし、校長の判断を必ずしも全員が納得して受け入れてくれるとは限らない。都立高校改革などを通して、校長の決定権が確立してきたので、全員の納得を得られなくとも、校長が決定しますと言えば学校としての決定になる。

だが、できるだけ多くの人が納得する決定をした方が、その後の実行が円滑に進められる。

では、より多くの人の納得を得るにはどうしたらよいのか。最良の方法の第一歩は、このシリーズの最初で触れたように、「話を聞くこと」であろう。

実際、学校に赴任した当初は多くの人から話を聞き、さまざまな議論をした。私の決定に意見をもらったこともあれば、反対する理由を尋ねたこともあった。

その中で何が大事なのか気づいた。なぜこう思うのか、なぜそう考えたのかの議論を詰めていくと、見解に賛成はできないまでも、そう考えることには納得できるという場面が出てくる。

そこまでお互いが到達するために努力する大切さを感じた。いわば合意形成の仕方といえよう。抽象的で分かりにくいと思うので具体的な話をする。

表面的な対立の根底に分岐点を見極める

西高に赴任した当時、ある学年が、学年進路通信をよく出していた。毎週1、2回程度出されるので、年間通算で100号を超えていたと思う。

時々の進路情報だけでなく、卒業生による自らの進路選択の理由や現在の仕事の意義、また学校行事後の生徒の感想なども幅広く扱っており、キャリア教育の資料としても貴重だと思った。生徒たちもよく読んでいた。ただ、学年の進路担当者の超人的な努力によって成立していたので、他の学年も同調してやるようにとは言いにくかった。

そこで、進路に関する学校方針や年度計画、さまざまな進路情報など事前に印刷できるものは印刷しておき、時期が来なければ記入できない感想・報告類を記入できる用紙をとじた「進路ノート」の導入を提案した。情報や知識の集約になり、労力も省力化できるので、みんな賛成してくれるだろうと思ったが、意外に反対が多かった。

なぜだろうと思い、いろいろな人に理由を聞いた。多くは自由な西高の校風に合わない、あるいは「自主自立」の指導方針に反するという意見であったが、さらに聞いていくと、一人一人進路意識も異なる生徒たちに一律の進路指導体制を敷くことになり、成長度合いと合わない生徒が出てくる弊害が多いとの意見が出てきた。

まだ納得がいかなかったのでさらに追及した。その結果、学校側からの過剰な提示や情報提供は、結果として指示待ち人間を育て、自主性や主体性の育成にマイナスになるという考え方であると分かった。

ここに至ってなぜ反対していたのかやっと納得した。どうしたら自主性や主体性が育つのかという育成に関する考え方(以後育成感とする)の違いである。

私は「自主性や主体性は自由にしているだけで育たない」「一定の指導があり、規則や習慣を課し、当初はそれに従う必要がある」「次第に自分なりの考え方に目覚めていく」という考え方である。古来の考えでいえば「守破離」に近いと思う。

それに対し、指導や指示はできるだけない方が、子供たちは自分の考えで判断し行動するようになる、と考える人もいる。最近の過保護・過干渉の影響で委縮してしまう生徒が多くなる傾向を心配しているのである。

こう考える人にとっては、「進路ノート」は便利なものというより不安材料となろう。今まで納得がいかない反対に腹を立てていたが、ここに来てその怒りはだいぶ静まってきた。

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