働き方改革を巡る視座『教育学者としての問い』(9)創造的な教員養成の実現

学校の働き方を考える教育学者の会

ある県の公立中学校に着任した初任の教員から相談を受けた。荒れた学校でいきなり担任を持たされ、競技経験のない運動部顧問を二つも任された。早朝出勤や深夜の帰宅で家族の寝顔しか見られない日々。振り返ると毎月200時間以上の残業。1学期の終わりに心身の異常を感じ始め、2学期のある日、とうとう体が動かなくなった。「職場に迷惑をかけてはいけない」と思うが涙が止まらない。軽いうつ病を発症していた。休職したが、2学期の終わりに校長と教委から依願退職を迫られた。「教員になるのが夢だったのに、どうすればよいのか」という相談だった。

「一歩間違えば過労死だった。生きていてくれてありがとう。相談してくれてありがとう」。私はそう言って、本人と「これまでとこれから」を話し合いながら、これほど過酷な教育現場にこれからも教え子たちを送り出すのか、と自責の念にかられた。

教員の働き方改革の必要性が社会で認識されたのはよかった。だが、改革の名の下に勤務時間管理が導入されても、仕事は減らないし人手は増えない。結局、「管理職に退勤時間の書き換えを強要された」「消灯した職員室でデスクライトだけで残業している」状況が起きている。「それは違法だ」と言ったところで現場は回らない。

子どもにしわ寄せしないようにと思う誠実な教員ほど、自己犠牲や違法行為を強いられてしまう。この構造こそ、改革しなければならない。

初任者教員を含め「子どもも自分も守る構え」を持って現場に立てるよう、教員養成カリキュラムの構造と内容を変える必要がある。ところが、今の教員養成改革は働き方改革と真逆に進んでいるようにみえる。

4月から開始された教職課程コアカリキュラムは、学生が学ぶべき目標の一つとして、例えば「教員の職務内容の全体像や教員に課せられる服務上・身分上の義務を理解する」ことを挙げた。全体的に「求められる役割」や「課せられる義務」などの文言が並び、教員が求める働き方や権利といった言葉はない。この受け身の構えを教え込まれた教員が増えれば、働き方改革は絵に描いた餅どころか、もっと都合よく働かされる「働かされ方改革」になってしまう。

今春、私が編集した教職論テキストの新版は、このような思いを込めて教員の権利に関する内容をできるだけ盛り込んだ。従順で受け身な教員ではなく、自分はどんな教育現場を創造したいか、そのために社会にどう問題提起するかを考えられる教員。能動的な構えを鍛えるための教員養成や研修が、負の連鎖を生み出す構造を改革する鍵になる。

(佐久間亜紀)


【プロフィール】

さくま・あき 慶應義塾大学教授。専門は、教育方法学、教師教育論。教師の力量形成の方法やその歴史を研究するとともに、実際に各地の学校現場で授業づくりに取り組む。主著に『アメリカ教師教育史』(東京大学出版会、第13回平塚らいてう賞受賞)。