【校長としての心構え(14)】夢を持つ大切さ その2

元東京都立西高等学校長 石井 杉生
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海外との交流事業をスムーズにスタート

ただで生徒を外国に派遣するには

前回、「ただで生徒を外国に派遣する」方法として、国際科学オリンピックなどのコンテストに参加させる話をした。

しかし、この方法で誰もが行けるわけではない。顧問の指導もあるとはいえ、やはり生徒自身の頑張りが大きく、学校としての取り組みとは言い難い。

そこで、何とか学校として、生徒をただで外国に派遣する方法はないものか思案していた。そんなある日の夕方、英語科の教員が「イオン1%クラブ」からの案内を手に持って校長室に駆け込んできた。

近隣諸国との交流事業の案内

内容は、アジア近隣諸国の高校生と日本の高校生との交流事業であった。

案内を見ると、どうやら生徒はインドネシアにただで行けそうである。希望する学校には説明に来てくれると書いてあったので、早速、担当者の方に連絡を入れた。

話を聞くと、日本側の受け入れ校が行うべき事柄は、インドネシアの高校生を1日学校に受け入れて授業を一緒に受けさせることと、生徒の自宅にインドネシアの高校生を1泊ホームステイさせることであった。

学校として今までも外国の教員を何度も受け入れてきた経験があり、生徒の受け入れは簡単にできそうである。

ホームステイの方がややハードルが高いが、これも派遣生徒の募集時の条件にすれば、クリアできそうだ。無理ならPTAや同窓会に声を掛ければ何とかしてくれるだろうと考えた。

インドネシアに派遣できる生徒数は、受け入れ生徒数と同数で総勢20人。最終的にはこのプログラムに応募してきた他の高校と人数を調整するとのことであった。

この事業は会社(イオングループ)のCSR活動の一環であり、引率者を含め旅費、宿泊費など全てイオン1%クラブが負担してくれるので、生徒は身の回りの準備だけでよい。希望していた「ただで生徒を海外に派遣する」ことがかなうわけだ。

本校はこの募集に手を挙げると思うのでよろしく、と来校した担当者の方にお願いした。

インドネシアの高校との交流事業の始まり

その後、企画調整会議(学校の各分掌の主任による会議)でこの話をすると、反対は1人もいなかったが、「実施時期はいつごろか」「派遣生徒をどのように募集し、選考するのか」「現地の安全性はどうか」「引率教員はどうするのか」などいろいろな意見が出た。

主任の教員たちが真剣に考えてくれているのが分かり、大変うれしかった。新たにこの事業を担当する校内委員会をつくり、教員を3人配置し、軌道に乗るまで校長が委員長に就任することにした。

ここまで準備した段階で東日本大震災が起き、一時はこの交流事業が見送りになりそうになった。結局、日本側の高校は西高1校となったが、それでも実施を希望する意思に変わりがないことが確認されると、12月にインドネシアから留学生が20人来日、翌年3月に日本からインドネシアに1週間留学するというプログラムで実施されることとなった。

約2倍の倍率で選考し、事前研修も3回実施した。当時たまたま、インドネシアに長期駐在経験のある保護者が、事前研修の講師を申し出てくれ、事前研修も非常に充実したものになった。

生徒たちは若き親善大使として、日本では首相官邸への表敬訪問とインドネシア大使館でのレセプション、インドネシアでは大統領への表敬訪問という大役を務めた。

学校での受け入れやホテルでのパーティーなど円滑に行われたので、イオン1%クラブから、当分の間、西高と継続的にこの交流事業を実施したい旨のオファーが来た。

派遣から帰った生徒が修了式の後、全校生徒を前に交流事業の報告をした。それから2年後、この訪問団の代表生徒は米国の大学に入学した。

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