論理的思考を鍛えるアカデミックライティング(3)アカデミックライティングとは

文部科学省 教科書調査官 渡辺 哲司

アカデミックライティングの具体例を挙げることは難しくありません。プロの研究者が書く論文をはじめ、大学で学生が書く授業レポート、受験生が書く入試小論文、高校までの国語で教わる意見文や説明文などが、それに相当します。

しかし、アカデミックライティングの本質は何かという問いへの答えは難しく、おそらく人によっても異なります。本質は、アカデミックライティングという名称やその具体例からは推し量りにくいところにあるようです。

私は、アカデミックライティングの本質は「正確に、客観的に事実を伝え、明確に、論理的に意見を述べること」だと考えます。さらに、そのような本質が先にあって、後から「アカデミック」の語が便宜的に当てられたものと想像します。

では、そのような本質に、なぜアカデミックの語が当てられたのでしょうか。前述のような本質につながる説明は、英和辞典のacademicの項にはありません。

最もシンプルな理由は、前述のような本質を持ったライティング(文章を書くこと)が求められる典型的な場所が学校(アカデミー)であることでしょう。おそらく世界中のどこでも「学校で書かされる、あの感じ」で通用します。その点を便宜的というのです。

実際「アカデミック」イコール「学校の」と理解しても、さほど問題は生じません。英語のacademicはしばしば「学術的」と和訳されるため、何やら高尚で難しそうな印象を人々に与えます。しかし一方、例えばacademic performanceは、小学校でもらう通信簿の評定を指したりもします。それなら、誰にでもなじみがあって、高尚でもなければ難しくもありません。

もし、そうした便宜的なネーミングに少しでも深い意味があるとすれば、それは、前述のような本質を持ったライティングを教わる場所が事実上、学校の他にはないことでしょう。

「正確に、客観的に事実を伝え、明確に、論理的に意見を述べる」ような作文は、仕事では求められても、通常の子供の生活では求められません。現代の子供たちは、就職の直前まで学校に通うため、仕事で求められることは学校で教わる以外にないのです。

それゆえ、「アカデミックライティング」というのは、学校でこそ学ぶべき、いかにも学校らしい書き方という意味で、なかなか率直なよいネーミングかもしれません。

次回からはアカデミックライティングの本質に関わる「客観的」「論理的」の二語を説明していきます。