論理的思考を鍛えるアカデミックライティング(4)客観的にと言われたら

文部科学省 教科書調査官 渡辺 哲司

アカデミックライティングの本質を語る上で欠かせないキーワードの一つが「客観的」です。正確に、客観的に事実を伝える(第3回)ためには、客観的とはどういうことかを、ある程度知っていなければなりません。

客観的に書くとは、辞書的な意味はさておいて、要するに文章の外形・内容とも他者の目で見て良いように書くこと――と私は考えます。

外形が他者の目で見て良いとは、書かれた文章が、それを読む人にとって見やすく整っていること。

具体的には、内容を端的に示すタイトルや見出しが付いている、意味のまとまりや区切りがパラグラフ(改行と字下げ)で示されている、等々をいいます。大学の授業レポート(アカデミックライティングの一類)が書式にうるさいのも、要するにそういうことです。

一方、内容が他者の目で見て良いとは、普通の読み書き能力を持った他者が読んで理解・納得できること。この場合の他者には、家族や親友などをなるべく含めないようにします。

その代わり、日頃あまり付き合いのない友人、普段授業で顔を合わせるだけの教師、あるいは日本語のよくできる外国人などを想定するとよいでしょう。互いによく知った相手は不適格です。

ところで「客観的」は、教室で使われることの多い割に、その意味を生徒に分かってもらいにくい、厄介な語です。辞書的に「特定の個人的主観の考えや評価から独立して、普遍性をもっていること」(広辞苑)などと説明しても、止まっている生徒の鉛筆がすらすらと動き出すことはありません。

そこで、まずはその語を「他者の目で見て」と言い換えてみましょう。他者がどんな人であるかは、二つ前のパラグラフに例示しました。そのようにして、抽象的な概念を、誰でも思い浮かべられる具体的な人や物(を表す言葉)で言い換えてみるのです。

その上で、次には、実際に他者の目で見たり、見られたりする経験の場を演出しましょう。手っ取り早いのは、作文のプロセスの中に、いわゆるピアレビュー(相互批評)を入れることです。ここで大事なのは「プロセスの中」、すなわち途中に入れること。書き上げた後に行う「読み合い」とは、狙いも効果も異なります。

なお、そのような場は一つだけ、1回だけでは全く足りません。客観的に書く力は、他者の目で見たり、見られたりする経験を多く積むほど高まります。今回もまた、練習の大切さを強調して終わります。