教師集団の学びとリフレクション(9)問いが後で浮上する話し合い

東京学芸大学教職大学院准教授 渡辺 貴裕

授業へのリフレクションが深まるような話し合い、改善案の出し合いにとどまらず問題を掘り下げられるような(コルトハーヘンのALACTモデルでいう「本質的な諸相への気づき」の局面を含むような)話し合いには、どのような特徴があるのでしょうか。

東京学芸大学教職大学院の私が所属するコースでは、学部卒院生に対して、模擬授業とその検討会を通して、リフレクションの深め方やそのための対話の仕方をトレーニングしていく取り組み(対話型模擬授業検討会)を行っています。

検討会を繰り返し経験することで、彼らの話し合いは、より深いリフレクションを伴うものへと変容していくのですが、その初期と後期の検討会群を比較してみた結果、興味深い事実が浮かび上がりました。

それは、初期の方が、同時間当たりの発話回数が少なく、ボリュームのある発言を順々に行うような話し合いであるのに対し、後期には、同時間当たりの発話回数が多く、コンパクトな発言を大量に行うような話し合いになるということです。より細かく見ると、初期では、自分が経験した事柄とそれに対する評価や改善案がセットになった発言が行われるのに対して、後期では、それが見られず、特に話し合いの序盤では、もっぱら授業中の自分の経験を口々に言い合って話が進んでいきます。

これは一見意外に思えるかもしれません。検討会での発言というと、一般的に、「○○だったので△△だと思います」というような、結論らしきものを伴った、まとまりのある発言が良しとされてきたと考えられるからです。けれども、実際には、そうではない発言を重ねていく話し合いの方で、問題の掘り下げが生じているのです。

これはいったいどういうことでしょうか。分析を進めると、次のようなことが明らかになりました。結論がセットの発言の場合、発言間のつながりが生じにくく、それがある場合でも、結論部分でのつながり(例:「○○さんは『△△がよい』と言っていたけれど、私は□□と考えていて」)が中心となります。一方、結論をセットにせず「自分はここで(学習者として)こう思った」「私はこう感じた」と授業中の出来事について出し合う場合、互いに触発し合って発言の連鎖が生じ、それと呼応して授業者側の思いも引き出されていきます。そのようにして出てきたさまざまな材料相互の間に関連やずれが見えてきて、鍵になる問いが発せられ、話がさらに掘り下げられていきます。この場合、自分の発言は、それを出したときには予想していなかった形で、後で浮上する鍵になる問いに結び付きます。

こうした知見からどんな示唆が得られるか、次回見ていきます。