教師集団の学びとリフレクション(12)教師の学び手感覚の活性化

東京学芸大学教職大学院准教授 渡辺 貴裕

前回、一口に「子供の学びの姿を語る」と言っても、傍観者的な立場から捉えて語るものと、自身が学び手としての感覚(学び手感覚)を働かせながら内側から捉えて語るものと、2つのスタンスが考えられることを指摘しました。

この後者のスタンスは重要です。なぜなら、それによって初めて、見学している教師は、子供を操作の対象として見るのではなく、子供の振る舞いに対して「そうきたか!」と面白がることができる、「すごいなあ」「そりゃそうなるよなあ」などと自分の心を動かしながら共感的に受け止めることができるからです。

そして、このように子供の姿に心を動かされるような見方をすることで、教師は、自分が既に持っている授業に対する枠組みを超える発想を得やすくなります。前回紹介した教師の振り返りにおいても、「絵カード」を授業設計時には「表現のためのツール」と考えていたのに対して、子供の姿を見て、「思考のツール」としての可能性を見いだすといったことが生じていました。既に持っている枠組みに基づいて良しあしや出来不出来を判定するのとは異なる、より深いリフレクションが行いやすくなるのです。

また、検討会で他の参加者らと話し合うときにも、見学者自身の心の動きが伴っていると、互いに発言が触発されやすくなります。

それでは、どうすれば教師は、自身の学び手感覚を働かせて子供の姿を内側から捉えるような見方ができるのでしょうか。

前回の例では、教師自身、事前検討会の模擬授業で子供役としてその学習活動を体験していました。このように、先にその学習活動を体験しておくと、自分が一度それで頭を働かせたり心を動かしたりしている分、「子供の場合はどうなんだろう?」と、内側からその様子を捉えることが容易になります。

そのため、事前検討の際、子供たちに行わせる学習活動をまず教師らで体験しておくというのは有益です。授業者がスムーズに進められるかの確認というより、学習者側を体験することによる教師の学び手感覚の活性化のためにそれを行うのです。事前検討会は、多くの場合、授業者が用意してきた学習指導案を巡って意見を交わすという形で行われています。そこではしばしば、各人が良いと考える授業像に基づいた持論のぶつけ合いが生じます。そんなとき、学習活動をたとえ部分的にでも自分たちで「やってみる」、そしてそこで感じたことや考えたことを交流するというのは、事前検討会でのコミュニケーションの在り方自体を変えることにもつながります。

次回はさらに、事後検討会での応用について見ていきます。