論理的思考を鍛えるアカデミックライティング(10)鍛える

文部科学省 教科書調査官 渡辺 哲司

最終回のテーマは、連載タイトルの中で唯一まだ説明されずに残っていた語、「鍛える」です。ここでいう「鍛える」とは、ある動作や行為を未来においてよりうまく、力強く遂行するために、現時点で訓練を積むこと。その訓練の有効性(訓練によってうまく、力強くなるかどうか)について、アカデミックライティングには一片の疑いもありません。

私が「鍛える」の語に込めた主張は、要するに、アカデミックライティングの技術を生徒たちが知識として学ぶだけでなく、実行できる程度に習得するまでしっかり訓練しよう――ということです。現状では訓練の不足が目立ちます。

その訓練をする場所の第一は、やはり学校でしょう。アカデミックライティングは学校でこそ学ぶべき、いかにも学校らしい書き方なのですから(第3回参照)。

さらに、学校における訓練の場の中心は、国語の授業です。何しろ、アカデミックライティングに関する技術的事項が教科書でひとわたり示されている教科は、国語だけですから。

しかし、国語の授業だけでアカデミックライティングの訓練を十分に積めるかと問えば、答えはノーでしょう。理由は、何といっても、習得するまでに多くの訓練が必要であること。それなのに、国語は教師数や授業のコマ数の点で他教科と横並びの一教科にすぎず、その条件下で他にも古典などの文化的事項を教えなければなりません。

そのため、他教科の授業にも訓練の場を求めることになります。それは多少の工夫・努力を要しますが、決して無理なことではありません。

そもそも、授業にアカデミックライティングを取り入れる(例えば、折々にレポートを課す)ことには、教科を問わず明らかなメリットがあります。すなわち、生徒自身が書いて説明・論述することによって、学んだ知識は強固(試験が終わっても剥がれ落ちないぐらい)に身に付くことが経験的に知られているのです。

また、授業以外の場(行事や諸活動)に訓練の場を求めることもできます。実際、運動部活動の中に、事実を伝え、意見を述べるようなライティング活動(いわゆる部活ノート)を取り入れて、競技力、学力、進学実績とも高めている例があるようです。

ただし、アカデミックライティングのような言語技術そのものの指導は、やはり国語教師に頼りたいところです。校内随一の「言葉のプロ」として、他教科の同僚たちの取り組み(訓練の場づくり)を力強く支えてあげてください。

(おわり)