令和時代の扉を拓く(6)教師の幸福学が必要

教育創造研究センター所長 髙階 玲治

学校の働き方改革の論議の過程で明らかになったことは多い。残業時間の多さのみでなく、月45時間、年360時間の上限設定はあっても実施可能かどうか、罰則規定もなく極めて曖昧なのである。教師の働き方改革はむしろ教師に委ねられてしまった感がある。

また、過度の残業でありながら、これまで「仕事に追われて生活にゆとりがない」教師がほぼ80%というように、ワーク・ライフ・バランスが崩れていながら、仕事に一生懸命なタイプが多い。つまり、今後もこうした傾向はかなり残るのではと危惧される。精神疾患で休む教師の現状もある。

そこで、教師は何に充足感を覚えているかといえば、「仕事のやりがい」である。それが80%を超える(「教員意識調査」文科省、2007)。

しかし、「生活にゆとりがない」状況で「仕事のやりがい」は十分持てるのであろうか。また、仕事のみの充足感で自己や家庭などの「豊かな」生活は保障できるであろうか。教師は仕事と生活のはざまでいつもジレンマの渦中にあるのではないか。

そうであれば、何が「仕事の価値」であり、何が「生活の豊かさ」であるかを考える必要がある。

実のところ、企業などのビジネスにおいて報酬のためだけに働くのではなく、働く目的やキャリアの在り方が見直されているという。慶応義塾大学大学院の前野隆司教授は経営学、経済学の分野などで「幸福学」が世界的に盛んになっているという。そして研究の成果として次のように言っている。

「幸せな従業員は、不幸せな従業員よりも、創造性が3倍高く、生産性が30%高く、欠勤率が低く、離職率が低く、組織を助け、外向的で、知的で、創造的で、情緒が安定し、健康であり、長寿でもある」

だが、幸せは単なるハッピーとは異なるという。ハッピーは、わくわく感でその場感覚だが、幸せは、豊かな時間、いい人生という、長いスパンを表すという。

教師の幸福学を考えた場合、「仕事のやりがい」度は高い。それと関連するのは、単に自己の幸せではなく、仕事を通して子供が喜びや幸せを感じることへの反映が強い点であろう。また、ゆとりのある生活が獲得できれば、仕事にさらなる豊かさをもたらすことができる。

実のところ、「教師冥利(みょうり)」という言葉があるように、かつての教師は仕事に「生きがい」を感じてきた。しかし、過度の多忙な現状から、どうすればワーク・ライフ・バランスのとれた「幸せ」感を持つことができるか、「教師の幸福学」が必要なのではないか、と考える。

ただ、「幸せ感」は個々の受け止めだという考えもある。しかし、誰もが過度の勤務を強いられている現状を考えれば、人間の幸せの視点から考える必要があるのではないか。