【クオリティ・スクールを目指す(161)】渋沢栄一に学ぶ

教育創造研究センター所長 髙階玲治

多様な学びの宝庫

次期1万円札の肖像が「日本資本主義の父」と言われる渋沢栄一に決まって、にわかに脚光を浴びることになった。

生まれたのは現埼玉県深谷市で、同市教委は2012年に『渋沢栄一こころざし読本』を作成し、道徳などの副読本として活用している。小学校低・高学年、中学校の3冊である。生家が残っていて、記念館もある。『読本』は、人となりなど、生涯のエピソードを読みもの資料として、埼玉県や深谷市が独自に作成したものがほとんどである。

渋沢栄一は、名前が知られていても、どんな実績があるか漠然とした印象しかないであろう。しかし、明治期などにおいて500以上の会社や銀行を創ったと聞けば、なぜそれが可能だったのか、考える人は多いはずである。

農民の子供として生まれ、激動の幕末期に将軍徳川慶喜の弟昭武に従って欧州を旅している。帰国後は一時明治新政府に仕官するが、辞して第一国立銀行総監役に就くなど多様な活動を始めることになる。

渋沢栄一の事績をたどっていくと、当時のナマの歴史もまた浮かび上がってくるのである。

その生涯を2021年のNHKの大河ドラマで描くとのことであるが、希有(けう)な人物であるといえる。文明開化と言われた当時、西洋文明の導入を多様に行っているが、多くの企業を創立しながら、しかし、名利を求めなかった。企業を興しながら論語を愛した。学校や病院、養護施設を造ることもした。『論語と算盤』という名著がある。

深谷市教委の副読本は、地域出身の人材という意味が強いが、渋沢栄一の生涯を通した業績はどこの学校でも学びたい多様な宝庫を思わせる。

深谷市は渋沢に学ぶことで、「立志と忠恕(ちゅうじょ)の深谷教育~ふるさとを愛し、夢をもち志高く生きる~」を市の教育の基本理念としている。渋沢の足跡をたどれば、今求められている教育にたどりつくことができるという。

①近代日本の国づくりを推進した生涯~「立志の精神」

②論語を精神的基盤として、実業界に携わった姿~「忠恕の心」

③人々をまとめ、会社を興し、慈善活動・国際親善に取り組む姿~「支え合う心」

渋沢に学ぶことは多いし、大きいのである。

また、なぜ、あれほどの仕事が可能だったのか。例えば、関東大震災の後、83歳の渋沢が復興に立ち上がるが、そのときのやり方は「復興に向けて、たくさんある課題を、一刻を争う緊急なもの、数ヶ月かかるもの、数十年かけて行うものとに分けて考え、元の社会に戻す計画をすぐに立てた」(『読本』小高学年)という。その基本に「まごころと思いやり」を一番に考えていた。渋沢栄一について、この機会に多くの学校で学ばせたいものである。

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