【クオリティ・スクールを目指す(165)】分断・多様性社会での生きる力

教育創造研究センター所長 髙階玲治
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英国の学校と社会に学ぶ

ノンフィクションと言えば、衝撃の実話など記録に基づいたストリーを想像するが、2019年の「本屋大賞/ノンフィクション本大賞」はブレイディみかこ氏の『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社、2019)であった。

日本人である著者はアイルランド人と結婚し、英国に住んでいる。息子がいる。その息子も今は中学生。小学校は地域の公立カトリック名門校に入り、児童会会長までやりながら、中学校は元底辺中学校を選択する。音楽など生徒たちの活動を尊重する雰囲気があるが、それだけに社会の影響をもろに受けるところがある。

その英国の現状は、EUからの離脱問題が分断を生んだだけでなく、貧富の差や人種差別、ジェンダーなどの分断が起きていて、毎日が事件の連続である。暴力や窃盗もある。わが国に比べてはるかに多様な社会である。

そうした日常を息子の学校生活など身近な関わりから描いているため、教育の視点が強く興味深い。

例えば、貧富の差が激しく、相手から「貧乏人」と言われて差別語で言い返した中学生が取っ組み合いのけんかになったりする。仲裁する教師が差別語の生徒を重く罰したりする。さらに驚くのは貧しい生徒への教師の対応で、着古した制服を修理して与えたり、ソファで寝ている生徒のために教師がカンパしてマットを買ってあげたり、ということがある。

これは分断の1つの例だが、その難しさは多様にある。英国特有の政策が分断をさらに拡大している印象がある。

このような社会で息子は、イエローでホワイトなために、差別的な言動を受けたりすることは当然ある。しかし、それを乗り越える強さがあって、息子のたくましい成長の物語でもある。著者も成長する。そこに生きる力の秘訣がありそうだが、著者は「エンパシー」が必要だという(『波』2019年12月号)。

「エンパシー」とは、自分が賛同できない、共感できない相手でも、相手の心の内を想像する能力である。多様性の社会は常に分断が生まれやすいのだから、それを乗り越える知的な心の作業が必要なのである。

その意味で、この本に描かれている世界は子供の成長や社会について、思わず考えこんでしまいたくなる魅力がある。「日常にこんなにドキドキするものか」と読者が語っているように興味深い。

子供に社会の多様な課題に触れさせ、自ら考える力を育てることの大切さである。そのことを親子共々学び合うことで、知性を高めていく。息子はこれからどう育つのか。『波』の連載はなお続いている。

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