【校長としての心構え(27)】授業を改善する大切さ④

元東京都立西高等学校長 石井 杉生
この連載の一覧

「分かりやすさ」をイメージする

前回に引き続き、生徒の言動から得た気付きを紹介していこう。

「分かりやすい授業が一番だと思う」

教員なら誰でもこの要望は理解できるだろう。問題は、生徒にとって分かりやすい授業がどの程度正確にイメージできるかである。もっと言えば、その教科が不得意な生徒の気持ちにどれだけ寄り添えるか、である。

教員である以上、分かりやすくするための工夫は絶えず続けてほしい。例えば、授業の後に自分の板書を写真に撮り、その中に表や図解化、模式化、一覧化できる箇所はないか、色分けして見やすくできないか、と繰り返し考えるだけでも、授業は確実に改善されていくと思う。

部分の理解と全体の理解

「部分だけでなく、常に全体を思い出させるようにしてほしい」

これは具体的に解説しないとなかなか分からないだろう。755年から中国で起こった安史の乱を例にとる。

安史の乱自体を詳しく理解することは、あくまで「部分の理解」にすぎない。中国の全ての王朝にとって、地方支配の体制をどのように整えるかは、大きな課題であった。

したがって唐の前の隋ではどのような地方支配対策が取られたか、また後の宋や清ではどうだったのか、それらを比べることにより、中国王朝における唐の地方支配の特色がより理解できる。

「全体の理解」とはこのようなものである。一見難しいことを言っているようだが、前項で述べた「一覧化」と内容的には同じ視点である。

色分けで展開の意味を示す

「数学の答えを書くときにその展開の意味を分かるようにしてほしい」

これも説明を補足する必要があるだろう。例えば、数学の問題集の答えが黒一色で記述されていて、なぜそのように展開するのかが分からない場合がある。

せっかく授業中に解説付きで問題を解くのであれば、単に白いチョーク一色ではなく、「ここは暗記すべき公式に代入した箇所だから赤」「難しいテクニックを要する展開の箇所はオレンジ色」というように、展開の意味を色別で示してほしいということである。これも前述の「色分け」という視点である。

(つづく)

この連載の一覧
特集