【校長としての心構え(30)】人材育成の大切さ②

元東京都立西高等学校長 石井 杉生
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消極教育

私の経験から言っても、他の教員の成長を見るにつけても、教員の育成において指導する者が先に立って引っ張っていくという方法はふさわしくないように思う。

それよりむしろ、それぞれの教員の中にある内発的な力を刺激することによって、成長を促していく方が適しているのではないか。教育界の人には、ルソーの「消極教育」と言えば分かりやすいかもしれない。

子供を指導する場合、「〇〇先生が△△と言っているから、△△しなさい」というような伝聞的な指導には力がない。自分が心の中からよいと思っていることを指導するからこそ、人を動かす力となるのだ。

教員は人からの知識・指導をいったん自己消化し、自分の経験や価値観、信条などに基づいて主体的に判断することで、実際の指導の場面で使えるようになっていく。

そうした資質を育てる上で、校長の指導はどうしても消極的にならざるを得ないのではないだろうか。

失敗を責めない文化

ただし、消極教育は指導される教員側が何事も意欲的にやろうとする人間でないと、成果が期待できない。では、教員が意欲的にやろうとするためにはどうしたらよいのだろうか。

大阪のある製造会社が「失敗大賞」という賞を作っているとの話が、経営の本に載っていた。その年、失敗して会社に損失を与えた社員に賞を贈り、そのチャレンジ精神をたたえるというものである。

新たなことへのチャレンジには失敗がつきものである。もし失敗を責めたら、誰もチャレンジをしなくなってしまう。モノづくりにもチャレンジは必要だが、教育にも不可欠だ。

子供たちは、ハラハラ・ドキドキする体験の中からさまざまなことを学んでいるので、心ときめかないところに成長はない。校長としては、子供にはいろいろなことにチャレンジしてもらいたいと思っている。

だからこそ、教員が失敗を恐れてチャレンジしないようでは困る。子供と同じように、できるだけいろんなことにチャレンジしてもらいたい。そのためにも、失敗を責めない文化の創造が大切である。

(つづく)

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