【校長としての心構え(32)】人材育成の大切さ④

元東京都立西高等学校長 石井 杉生
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いろいろな試み

前回、一人一人の教員のチャレンジや努力を見取ることが大切だと述べた。例えば、1時間の授業で生徒がいくつの英文を暗記できるかを試みた英語の教員がいた。また、授業実施後何日目に小テストを実施するのが最も授業内容の定着につながるかを実験した数学の教員もいた。一人一人の教員を注意して見れば、それぞれがユニークな試みをしていること、課題意識を持っていることなどが分かる。

数学の教員でベクトルの指導がとてもうまい人がいた。数学の単元の中でもベクトルを苦手とする生徒は多いが、その先生は生徒から「ベクトルの〇〇先生」と呼ばれるなど評判が良かった。

年齢のために退職してしまったが、特別に夏休みの講習でベクトルの講座をお願いしたら、快く引き受けてくれた。生徒たちがとても喜んでくれたのが記憶に残っている。

一人一人を目立たせる文化

学校はもっと、一人一人の教員を目立たせるようにした方がよいと思う。参考書には、『為近の物理』『村瀬の地理』など講師の名前を冠したものがあるが、あれをイメージしてもらえば分かりやすい。

国語、数学、英語であれば、それぞれ10人近い教員がいる学校もあるので、「漢文のA先生」「漸化式のB先生」「ディベートのC先生」などと、得意分野が冠として付くくらいになってもらう。

少人数の科目の担当でも、「実験のD先生」「添削のE先生」などいくらでも考えられる。スペシャリストが大勢いる学校を創りだしてもよい。最初は恥ずかしがる教員もいると思うが、これを学校文化として定着させるようにする。

この考えがなかなか浸透しないのは、学校が平等観に支配されているからではないだろうか。確かに、教員の指導力に差があると、生徒から不満が出てくることがある。しかし、私は平等観が結果として教員の成長を止めているのではないかと考えている。

教員の力量は決して同じではない。ならばむしろ、「差を許容できる学校」にしていった方が、一人一人の人材育成がやりやすいし、全体の指導力は向上していくように思う。

(つづく)

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