【クオリティ・スクールを目指す(188)】個別最適の学びと協働的な学び

教育創造研究センター所長 髙階 玲治
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学校への伝播・浸透が課題

新学習指導要領の完全実施がコロナ禍によって混乱状況にある中で、中教審は『令和の日本型学校教育』の構築を目指している。グレート・リセットを思わせるが、GIGAスクール構想の導入などによる学習のハイブリッド化を考えれば必然的な動きとして歓迎したい。

その中心的な課題は「個別最適の学び」と「協働的な学び」である。デジタル機器の活用を子供が身に付ければ、学ぶ世界の拡大が予想されるが、学校教育はどう調整できるであろうか。学習力の差が拡大する予測がある。

1つは、「学びの基礎力」がある。当該学年のそれぞれが決まって身に付ける力の獲得をどう進めるか。

2つは、「高度化への挑戦」がある。今学んでいる以上に高いレベルを知りたいと考える。専門的な事項になれば知識・技能の高度化への欲求は高まる。

3つは、「やりたいこと発見」がある。子供それぞれが社会や地域などからやりたい課題を見いだし、追究したいと考える。

4つは、「創造的な学び」である。自由な発想で課題追究し、新しいことを生み出す探究・創造的な学びが期待される。

それぞれを私は「基礎受容」「知識拡充」「自己発現」「価値創造」と言っているが、このような学習が「個別最適の学び」「協働的な学び」とどう結び付くのか。

授業は多様化する。その多様化は共通の学びと個別対応とで分化し、また協働の場が設定されることで分散・集合が適宜展開される。さらに学習のハイブリット化で一層多様化は進む。学習の場は学校のみとは限らなくなる。

ところで日本初のアフリカ出身ウスビ・サコ京都精華大学学長の「日本の学校教育に覚える違和感」は大層説得力があった(本誌10月15日)。日本の場合、学年が上がるにつれて学習量が多くなり、子供自身が学びを選び、リードしていくことが少ない、という。

確かに「自己発現」「価値創造」の学びが低調で、決められた学習内容の理解の程度によって進路が決まるのが日本の教育のようにみえる。その打破は可能であろうか。

「個別最適の学び」「協働的な学び」の内実が進化して「自己発現」や「価値創造」を豊かに展開できる期待を持ちたい。ただ、その場合は教師の大きな意識改革を必要とするのではないか。

いつもそうだが、新たな中教審提案への学校や教師の受容差は大きい。だが、新たな学習力の形成には教師の指導スキルの転換を必要とする。新たな教育の伝播についても中教審の踏み込んだ政策提言を期待したい。

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