【アンガーマネジメント(1)】アンガーマネジメントと歩む軌跡

川上淳子 Edu Support Office代表

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 「日本中の教室にアンガーマネジメントを!」

 「日本中の子どもたちをアンガーマネジメントで幸せに!」

 大きな夢を抱き、小学校教員を退職したのは2016年3月。教員の夫は定年後の再任用、大学院生と大学生を抱え、苦境に陥ることは目に見えていました。それでも、どうしてもアンガーマネジメントを伝えたいと後進に道を譲りました。なぜ、地方の一教員が全国を見据えた活動を構想し、セカンドキャリアをスタートさせたのか、話は退職の2年前にさかのぼります。

 2014年度、在籍1人の特別支援学級を担当していた5月、自らの障害に対して怒りをぶつける児童に対し、ふがいないことに私は怒りで返してしまいました。「今までの指導は通用しない。何とかしなければ」と心底思い知らされ、それから研修会に参加したり、文献を調べたりしました。

 10月、一般社団法人日本アンガーマネジメント協会の「アンガーマネジメントファシリテーター養成講座」を受講し、資格の取得にチャレンジしました。仙台開催という幸運に恵まれたものの、実はアンガーマネジメントは事前の課題図書で初めて知っただけで、今思うと無謀な挑戦でした。2日間のプログラムを全て学び進める中で、「私が知りたかったことはこれだ!」と膝を打つ思いがしました。無事試験に合格、11月に資格を認定されました。

 その後、アンガーマネジメントを日々の指導に取り入れると、先述した児童が他の特別支援学級の児童や交流学年の児童とも関わるようになり、笑顔があふれる教室へ変貌を遂げていきました。その様子に、私はアンガーマネジメントの効果を実感しました。さらに、2015年度は4年生での実践を通して、「アンガーマネジメントができる先生方が増えれば、子どもたちの未来を良いものに変えていくことができる」と確信しました。このような経緯から冒頭のキャッチコピーがふと頭に浮かび、日を追うごとに全国の教室へ、先生方へ、そして子どもたちへ「アンガーマネジメントを伝えたい」という思いが膨らんでいったのです。

 指導に窮し、立ち尽くした2014年5月のあの日の光景を私は忘れません。児童ではなく、自分の指導に疑問を持ち、アンガーマネジメントを選んだことは間違いではありませんでした。自分の怒りが児童のせいだと決め付けていたら、こうして原稿を書くことはなかったでしょうし、書くこともできなかったことでしょう。私の軌跡がコロナ禍、奮闘されている学校の先生方の背中を押すことができたら、こんなにうれしいことはありません。最終回までご高覧いただけますと幸いです。

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【プロフィール】

川上淳子(かわかみ・じゅんこ)
Edu Support Office代表。一般社団法人日本アンガーマネジメント協会認定アンガーマネジメントコンサルタント®。大学卒業後、私立幼稚園勤務、研究生を経て、1984年4月から宮城県小学校教員。通常学級、家庭科専科、特別支援学級(難聴、知的障害、病弱・身体虚弱)、児童支援(不登校等対応)、 指導法工夫改善等を担当。2016年3月に同県公立学校退職後、学校や企業、団体で講演活動などを行う。著書に『教師のためのケース別アンガーマネジメント』(小学館)など多数。

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