【ICTと教育格差(10)】多様な学びを保障するために、教育格差の視点を

多喜弘文 法政大学社会学部准教授

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 最終回の第10回では、これまでデータで示したことを踏まえ、公教育が果たすべき役割について論じる。

 本連載で扱ってきた教育格差とは、子どもにとって選択の余地なく決まってしまう保護者の社会経済的地位(SES)といった「生まれ」によって生じる不平等であった。この定義から言って、教育格差を子どもの自己責任に帰することはできない。

 学校の外でのICT利用の在り方には、地域やSESによる系統的な格差がある。よって、ICTの導入や利用を「できるところから」と促していけば、学校外の条件に一定程度左右されてしまう。これを避けるためには、従来の「画一的な対応」では不十分で、不利な条件にある地域や学校に対する「積極的な支援」が必要である。これが、行政レベルで「公」が担うべき役割である。

 次に、学校現場のレベルではどうだろうか。新学習指導要領は、教師が前に立って知識を教え込む従来型の教育ではなく、多様性を前提とした個別最適な学びを目指す。そこでは、従来型の学びを転換するためのツールとして、ICTが重要な役割を担う。

 しかし、ここにも注意が必要である。個別最適な学びの名の下に、子どもの興味や関心に応じた主体的選択が促されていくならば、そこに教育格差が生じることが予想できるからである。子どもは学校外で長い時間を過ごすのだから、そうした条件による影響を受けないわけがない。学校現場でも、児童生徒の「主体的」選択を可能とするために、「画一的な対応」ではなく「積極的な支援」が従来以上に必要となる。

 公教育とは、より良い社会を目指して「私」の領域に介入していく営みでもある。従来型の学びには、共通の目標に向けて、児童生徒に努力を促す仕組みと教師の支援が埋め込まれていた。こうした学びの限界を踏まえ、令和の日本型学校教育へと転換するためには、学びの多様化を促しつつも、それが教育格差と結び付かないような慎重な制度設計が不可欠である。

 教育の市場化は、そのままでは格差と結び付きやすい。複数都道府県の公立高校で、高額な端末の購入が保護者負担になったと報道されたのは記憶に新しい。デジタル教材利用の在り方や費用負担にも曖昧な部分が残っている。教師はICTを利用した学びに対し、どのように積極的役割を担うのか。児童生徒の多様で主体的な学びを保障するために、教育格差への視点が不可欠であることを再度強調して筆を置きたい。

 (おわり)

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