できる支援が確かな一歩に 知花くららさんが語る

知花さんは自らの体験から支援のコツを語った
知花さんは自らの体験から支援のコツを語った

「私たちにはどうしても見えないものさしがあって、ともすれば上から目線になってしまう。良心で支援していても、的外れになり空中分解してしまってはもったいない。できるだけ同じ目線に立って話を聞き、今、何が必要なのかを知るのが大事」――。

世界の飢餓と貧困に関わる活動をしている国連WFP日本大使の知花くららさんは、1月22日、東京都千代田区の明治大学で行われた国連創設70周年記念「いま、日本から国連を考える」の第6回セミナーに出席し、支援の在り方に言及するとともに、昨年11月に訪れたキルギスの視察報告をした。

07年からWFPのオフィシャルサポーターを務めており、活動を始めた当初は、葛藤を抱いていたと振り返る。

「現地では何もできない。視察に行くだけで意味があるのだろうかと悩んでいた。そんなとき、100はできなくてもいい、10でも1でも、何かをすればゼロではないと知人から助言された」

この言葉に励まされ、「自分ができる支援を継続すれば、たしかな一歩になる」と力強く話した。

また、これから支援をしたいと考えている人たちには、「今はネットワークが充実していて情報がたくさんある。それらを最大限に活用してできる支援をすればいい」と助言。スマホなどにダウンロードし、クリック1回で1食分の募金ができるアプリ「Share The Meal」を紹介した。

遠い海外への支援は、モチベーションを維持するのが大変だ。そこで知花さんは、インターネットを活用している。「私は『グーグルアラート』を使って、例えば『シリア難民』などのキーワードを登録している。これで新しい情報を日々、受け取れる」と具体的な情報収集法を伝授した。

「現地の情報を日々、受け取ると、モチベーションのアップにつながる」と、多くの人に世界の貧困に関心を持ってほしいと呼びかけた。

知花さんは、13年からは、国連WFP日本大使に就任。オフィシャルサポーターのときから毎年1度はアフリカなどの支援国を訪問している。

昨年11月にはキルギスに行った。同国は、以前、ソ連の一部で、電気や道路などのインフラや社会制度が整備され、開発が進んでいるように見える。

91年に旧ソ連から独立した後は、不安定な政治体制が続き、モスクワからの補助金が打ち切られ、経済や社会制度が以前より後退してしまった。地震や洪水などの自然災害などが重なり、現在は国民の8人に1人が食糧不足の状態だ。

訪問したのは、首都から車で6時間、東部の町カラコルのネクラソブ学校。同校には旧ソ連時代に給食があったが、ソ連解体により停止。06年に再開したが、パンと紅茶だけだった。政府が給食改善事業を始めたところに国連WFPが給食のノウハウを提供。昨年9月から給食が大幅に改善された。

「これまで見てきたアフリカなどと違い、調理室も給食の内容も充実していた。野菜を食べる習慣がないので、食育を行って栄養バランスを教えていた」と語った。

女性支援の現場も見た。技術のない女性たちに裁縫の訓練をし、洋服を作って販売するようにした。女性たちは自らの手でものを作り、仲間と一緒に利益を上げる取り組みにやりがいを感じていた。こうした自分の足で歩けるようにする支援が有効だとし、どこに行っても女性のエネルギーは大きいと感嘆したという。

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