教員研修の在り方で識者に聞く 哲学や当事者企画必要

榊原教授(左)、若月客員教授(右)
榊原教授(左)、若月客員教授(右

答申「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について」(昨年12月)では、現職教員研修の改革としてさまざまな具体策が示されている。同答申審議時の中教審委員で、前東京都品川区教育長の若月秀夫政策研究大学院大学客員教授と、校内研修について研究し、各地の教育センターで講師を務める京都教育大学の榊原禎宏教授に、これからの教員研修の在り方を聞いた。

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キーマンとなるのは校長
若月秀夫客員教授

――どのような研修内容が望ましいか。

子供の個に応じた教育というのなら、教員研修もそうであるべき。新卒でもセンスのある先生、ベテランでも子供の意欲を引き出せない先生と、先生にもいろいろある。年齢ではない。教育委員会は各教員の実態や実情、実力に合わせた研修を用意するべきだ。また小中一貫の義務教育学校が今後増えていくのを視野に入れれば、小中の校種別はありえない。ただし、ただでさえ多忙化している教員に、さらに外での研修を増やすのは気の毒だ。効率的で効果的な、来てよかったと言われるプログラムを用意するべきだろう。

――研修する側に必要なのは。

教師を育てるキーマンは校長だ。しっかりした知識、哲学、ビジョンを持った校長が、研修での教え役になるべき。だが、それがすぐにでもできる校長は多くはない。校長への研修こそ必要だろう。「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上」は、「これから」だが、管理職にとってはまさに「今」だ。管理職も勉強しなければいけない。同様の課題が養成にもいえる。

――養成の課題とは。

教育に携わる先生らしい教養や哲学が必要だが、大学の教える側にそれができる人が足りない。教職を目指している学生が「自分には適性があるのだろうか」と自問するくらいの内容でなければいけない。指導法やテクニックを学ぶだけなら、塾の先生でよい。教員養成には、もっと力点を置かなければいけない。そのあたりが今後の課題だ。

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アクティブ・ラーニングで
榊原禎宏教授

――教員研修などの一体改革をどう見るか。

平成10年度答申からの流れを受けたもので、教員の養成、採用、研修の一体化、連続性を担保する方向で進めるということだろう。その際、留意しなければならないのは「教育は人なり」。教育の仕事は人間が認知と感情を伴い、直接に扱う部分が大きい。その機械化や技術化が難しいため、先に、教職のキャリアモデルありきだけでは、研修の需要や必要とうまく整合しないだろう。

たとえば、教職経験年数と求められる職能は直接に対応しないし、学校種、予定する教職人生の長さ、性差、あるいは個々に描かれる教員像も多岐にわたる。

――どういった研修スタイルが望まれるか。

児童生徒の「学び」論が台頭するならば、教員の育ち方、育て方も「学び」に傾斜したものとして相似形であるのが望ましい。教えられることに対する反応としてだけでなく、創発性や蓋然(ルビ・がいぜん)性も含む学びを射程に入れる。つまり、教える側が想定しきれない学びを含めて議論するのであれば、すべてをカリキュラムに含めることはできない。ならば、教員の、とりわけ研修については、プログラムとしてだけ発想するのではなく、より個々の教員に委ねられるスタイルが模索されるべきだろう。加えて、児童生徒のアクティブ・ラーニング(AL)を強調するのならば、教員のALを促す。たとえば文部科学省、教育委員会、他校の訪問、見学、インタビュー、1日勤務体験などを企画してはどうか。

――教員に委ねるとは。

現在、教育センター研修、校内研修、自己研修の3つがつながっていない一方、悉皆研修などに「やらされ感」があるとすれば、ドイツでの事例は1つの参考になる。つまり、ある教員の問題設定から研修が企画され、講師は現職教員、近隣の学校を会場に、たとえば20人程度と小規模に、それぞれの経験の交流とその一般化が志向されるような場を作る。そこで注目すべきは、▽命題から演繹される方向だけでなく、経験の取り交わしを通じた帰納も重視する▽あまり形式張らないで気軽な会として場を設定する▽講師は指導者ではなくファシリテーターと位置づけられる――などである。

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