大川小の訴訟判決 宮城県と石巻市に14億円賠償命令

震災後、手つかずのままとなっている大川小学校の教室
震災後、手つかずのままとなっている大川小学校の教室

東日本大震災の津波で、児童74人と教職員10人が死亡・行方不明になった宮城県石巻市立大川小学校の児童23人の19遺族が、市と県に23億円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁(高宮健二裁判長)は10月26日、学校の責任を認め、約14億を支払うよう市と県に命じた。

大規模自然災害の中で発生した学校管理下でのこうした被害事案をめぐる司法判断は初めて。今後の防災教育の重要性が改めて求められそうだ。

訴訟では、①津波の到達を予見できたか②津波の被害を回避し、児童を救えた可能性があったか―の2点に絞られた。

遺族側は「防災無線や市広報車からの情報で津波の襲来は認識できた。裏山などへ避難すれば全員が助かった」と訴えた。

一方の市側は「当時得られた情報から想定を超える規模の津波は予見できず、結果は回避できなかった」と主張した。

高宮裁判長は判決理由で、教員らが学校の前を通った市の広報車による高台避難の呼び掛けを聞いているとして「津波が大川小に襲来するのを予見できた」と判断。さらに「裏山に避難すれば、児童の被災を免れるのは可能だった」とした。

訴えによると、平成23年3月11日午後2時46分の地震発生後、同校の教職員は児童に対して、校庭で待機するよう指示。児童は約50分間、その場に留まったという。校庭近くの北上川堤防付近(標高6~7メートル)に避難を開始した直後の午後3時37分ごろ、高さ8メートルを超す津波にのまれた。

当時、校内にいて助かったのは男性教務主任1人と、児童4人だけ。

原告団の遺族の1人は「将来の学校防災の礎になる」と話した。

亀山紘石巻市長は判決について「本市の主張が認められなかった結果について、大変重く受け止めている」と語った。

国の大川小事故検証委は、26年2月26日に最終報告を示している。直接的な原因については「避難開始の意思決定が遅れた」と指摘していた。

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