横浜原発いじめ 両親が会見で市教委や学校を批判

会見は横浜市内で開かれ、多くの報道陣がその時を待った/両親への配慮などから撮影は禁止となった
会見は横浜市内で開かれ、多くの報道陣がその時を待った/両親への配慮などから撮影は禁止となった

東日本大震災による福島第1原発事故の影響で、平成23年8月に福島県から横浜市に自主避難してきた男子児童(現在中1)が、転校直後からいじめられていた問題で11月23日、被害生徒の40代の両親が横浜市内で初めて、報道陣の取材に応じた。両親は、教委や学校の対応を批判した。またいじめを受けて苦しんでいる全国の子供たちに向けて、被害生徒が「苦しくても生きてほしい。死を選ばないでと伝えてほしい」と話していると明かした。

生徒が小学生時代に記した手記に関して母親は「ノートを破いて、殴り書きだった。あのときにしか書けない感情を書いた」と説明した。

学校の対応については、転校直後の2年生からいじめが始まったが、当時の校長が親身になって見守ってくれという。母親はこれだけは言いたいとして、「当時の校長は、子供が学校に来るまで校門で待っていてくれた。連絡帳や電話での連絡も頻繁にくれた。本当にありがたかった」と振り返る。だが、4年生になったころから校長、副校長、担任が一新され、対応もなく、いじめはエスカレートしたという。26年、5年生時の担任は、震災を経験した当該児童がいるにもかかわらず、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に関しての知識は何もなかったとした。

その年の6月には、「賠償金があるんだろう」と金銭を複数回要求され、合計150万円を加害児童に渡した。

この行為に対して学校側は「自らおごった」と主張していた。父親はこの状況について「学校は取り合ってくれなかった」と、当時は無力感しかなかったという。続けて「生活のために親戚から集めたお金。これで息子の命が助かった」と、今の心境を打ち明けた。

いじめが原因で金銭を脅し取られている点が、いじめ防止対策推進法の「重大事態」に当たるとして教委に掛け合ったが、「これには当たらない」とむげにされた。さらに教委に対して学校に対策を取らせてほしいと連絡しても、「『指導はできるが介入はできない』の一点張りだった」と話す。

両親によると、生徒は現在、フリースクールに通学しており、父親と一緒に自転車に乗るなど、回復傾向にあるという。

最後に両親は、学校や市教委、市に対して、「三者でしっかりと連携を取ってもらいたい。教員には、子供に寄り添う気持ちをもってほしい」と要望した。これに加えて「今の子供たちに、ひとを思いやる気持ちをもってほしい。道徳でしっかりと指導してほしい」と、いじめが無くなるよう願った。

市教委側は今後、両親に対して話し合いの場を設ける見通し。

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