福島・浪江町に小中併設校が新設 ふるさと帰還喜ぶ

なみえ創成の児童生徒、保護者、教職員たち
なみえ創成の児童生徒、保護者、教職員たち

震災を乗り越え、ようやくふるさとでの学習が始まる――。東日本大震災と福島第一原発事故から7年を経て、福島県浪江町に新しく開校した町立なみえ創成小学校・中学校で4月6日、開校式と入学式が同時に行われ、小中学生10人が晴れ姿を見せた。児童生徒、教員らには、ふるさとで学ぶことのできる喜びに笑顔が見られた。

「本当に感慨深い」と語るのは、生まれも育ちも浪江町である、同小の今泉好子教諭。ふるさとへの帰還をしみじみと喜んだ。

昨春、原発事故の避難指示が一部解除された浪江町。しかし、その傷はいまだ癒えない。事故前の人口は約2万1500人だったが、現在は1万7896人の住民登録に対し、実際に住んでいるのは516人。このうち高齢者60歳以上が273人を占め、子育て世帯の帰還は厳しい状況とみられる。「なみえ創成」の児童生徒数は小学生8人(小1=3人、小2=2人、小4=2人、小5=1人)、中学生2人(ともに中1)にとどまる。

入学式には児童生徒の保護者も参加し、笑顔を見せた。同小の馬場隆一校長は「震災当時、自分も避難した一人。開校を迎えられて感慨ひとしお。子供たちも教員たちも戻ってこられる場所ができた。教員たちの思いもとても強い」と語った。

10人の生徒を受け持つのは小中合計16人の教職員だ。同中の教員は福島県二本松市に避難している浪江中学校との掛け持ちになる。国語を担当する長階哲哉教諭は「やっと始まる。掛け持ちは不安だが、どんな授業を作れるか楽しみ。アクティブ・ラーニングを意識して、デジタル教材を使った授業を積極的にやっていきたい」と話した。こうした教員の姿勢について、町教委の畠山熙一郎教育長は「避難先でも教育に力を注いできた先生たちの力は大きい。いろんな条件がそろわない中で着任してくれた先生たちに感謝したい」と話した。

教員は全員が新任のため、学校の使命や学校像の共通理解を短期間で図らなければならない。同中の半杭千歩校長は「指導法の研修や改善を学校全体のチームとして取り組まなければならない」と話す。小学校と中学校の教員は双方を兼務し、職員室も一つだ。スクールカウンセラーとスクールソーシャルワーカーも配置し、できるだけ多くの目で子供たちを見守る体制を築いた。

今後、児童生徒が増えるかどうかは不透明だ。保護者は切磋琢磨や相互啓発ができないことを不安視している。そのため、半杭校長は「いろいろな人との触れ合いを大切にする」と語る。開校前から少人数になることが懸念されていたが、最初は少人数になるのはやむを得ないという声もあったという。小学校、幼稚園(認定こども園)と日常的に連携し、中学生が面倒を見たり、小学生が中学生を見習えたりできるような環境をつくる。さらに、世代を超えた地域住民との交流を活発にする。

「なみえ創成」では少人数を生かし、個に応じた指導や主体的な学びを重視する。総合的な学習の時間を活用したアクティブラーニング型授業を実践していくという。半杭校長は「この環境だからこそ、できる教育がある。オーダーメード教育が軸になっていくだろう」 と語る。

竣工したばかりの「なみえ創成」校舎。人工芝が映える
竣工したばかりの「なみえ創成」校舎。人工芝が映える

町教委は、避難指示の一部解除を受け、浪江東中校舎を改修して新校の整備を進めてきた。小中学校が併設された「なみえ創成」の敷地内には認定こども園「浪江にじいろこども園」もあり、保幼小・小中の学びをつなぐ。校内にはサッカーができる広さを誇る人工芝グラウンドのほか、遊具が設置された広場も造られた。全室エアコンによる冷暖房が完備され、エレベーターをはじめユニバーサルデザインで設計されている。

また、震災前にあったプールは解体し、外周樹木の伐採なども行った。他市町村と同様、給食は無料で、制服や学用品の補助も行う。放課後には、教員経験者が運営するNPOと連携して子供教室を開校し、学習支援や遊びの場とする。

町教委によると、「なみえ創成」という校名は、「浪江の名前を残したい」「学校と地域全体が一体となって新しい学校を創ってほしい」という意見を取り入れた結果、決まったという。協働によるまちづくりの観点である「なかよく・みんな・えがおで」の精神を生かすため、ひらがな表記の「なみえ」としている。

校舎の入り口には開校記念樹としてソメイヨシノが植えられた。その横にはパンジーの花も咲く。ソメイヨシノとパンジーをバックに写真を撮られる子供たちの表情はとても明るかった。その姿を見守る教員たちの表情も自然と華やいだ。教員たちもこの日を待ちわびていたのだ。

同小で担任を受け持つ今泉教諭。浪江町で生まれ育ったが、震災を機に町を離れ、避難先で教えるようになった。今泉教諭は「自分で志望してここに来た。震災当時も浪江町で仕事をしていた。浪江町の復興のために自分の力でいつか何かしたいと思っていた。震災から7年……。長かったです。全く知らない土地で仕事をしてきたので、正直いってつらいこともたくさんあった。新しい学校ができたのは本当に感慨深い」と語った。

少人数の学級となる「なみえ創成」。今泉教諭は「同い年の児童生徒でもみんなそれぞれ違う。一人一人を見て、その子にあった指導ができるのではないか。そうすれば子供たちも学校に対して不安がなくなるはず」と力強く語った。

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