大阪市方針に反対署名1万4千超 学校現場に波紋広がる

大阪市の方針に反対する署名活動を始めた武田緑氏

来年度以降の全国学力調査の結果を教員の業績評価などに反映させる方針を、吉村洋文大阪市長が表明したのを巡り、学校現場に波紋が広がっている。インターネット上で始まった方針撤回を求める署名活動の賛同人には、苫野一徳熊本大学教育学部准教授、寺脇研京都造形芸術大学客員教授、オランダ教育研究者のリヒテルズ直子氏らが名を連ね、8月9日現在で約1万4千筆が集まっている。署名活動の発起人であり、教育コーディネーターの武田緑氏に、大阪市の方針の問題点を聞いた。


■怒りと悲しみが広がる
――署名活動を始めた理由は。

ニュースを見て、瞬間的に「これはまずい」と思った。日々奮闘している教員たちに、怒りと悲しみが広がることが容易に想像できた。また、プレッシャーを強められた教員が、子供たちに圧力をかけて追い詰めてしまう懸念もある。何とか食い止めたい。署名だけで変わるとは思っていないので、次のアクションも検討している。

――学校現場などから、どんな声が届いているか。

署名活動を通じて届いたものを、いくつか紹介したい。
「これが実現すると、校長に対する圧力が増大し、さらに校長の教職員への圧力も強くなる。どんな手段を使ってでも学力を上げようと躍起になる。いわゆるしんどい学級や学年、学校を希望する教員も減るのではないか。学習についていけない子が増え、自尊心も育まれない」

「早期退職や他府県流出を考える教員も出てくるのではないか」

「テストの点数で測れる限定的な学力のために、過去問を解いて励むようなむなしい教室にしたくない。教員はどんどん大阪市から離れて行き、質が下がる。しんどい地域はさらにしんどくなる」

「さらに有能な人材は流出し、現場は見せかけの数値に追われる。教員免許を持つプロとして、子供に学力をつけさせることは必要だが、そのための授業準備をする時間が十分取れない。数値目標ではなく、現場の教員が十分に授業準備ができるシステムの構築が急務だ」

「そもそも数値目標の達成度合いに執着する点が良くない。数値ばかり追うようになれば、いよいよ子供を人としてではなく道具として見てしまう。学校現場が混乱するだけでなく、市長の望んでいる全国学力調査の結果は、さらに低迷するのではないか」

■教員のやる気を失わせる
――大阪市の方針の問題点は何か。

署名キャンペーンのページにも示したが、4点ある。

一つ目は、そもそも、安心・安全な環境やつながりがないと、勉強には向かえないということ。学力と貧困の相関関係がさまざまな研究で指摘されているが、学力だけではなく自己肯定感や非行の出現率も貧困と関係が深い。大阪市は相対的貧困率が15.2%。母子家庭に限れば42.9%に上る。全国的に見ても貧困問題が深刻な地域を抱えている。厳しい環境にある子供たちを励まし、「生きる力」をつけさせようと支援している現場教員の「ふんばり」を、今回の方針はくじくものだ。

二つ目は、市の方針では教員のインセンティブにつながらない点。今回のような「交換条件付き報酬(賞罰)」は、「内発的動機付け」を失わせる。そもそも教員は子供たちの成長を願っているし、プライドを持って仕事をしている。「学力が上がればボーナスを上げる。だから頑張って上げてください」というメッセージは、教員の自発的なやる気を失わせることはあっても、高めることはない。昨今の「学校の働き方改革」の流れとも逆行している。

三つ目は、教員への成果主義の導入が学力の向上につながるという根拠がないこと。中室牧子慶應義塾大学准教授によれば、米国では少なくとも10州が教員に対する成果主義を導入したが、それが教育効果を高めたという確かな証拠は多くない。

四つ目は「テストの点数」が「評価の指標」として影響力を持ちすぎる危険性だ。現在、文科省は「主体的・対話的で深い学び」の実現を掲げている。世界的に見ても、21世紀型スキルや非認知能力と呼ばれるような、ペーパーテストの点数だけでは測れない力の重要性が注目されている。

テストの点数は分かりやすい指標だが「生きる力」そのものではない。点数を追い求めすぎることは、人間性や創造性、市民性などを損なうことにつながる。学校から豊かさを奪うことになりかねない。

――署名活動の見通しは。

署名数は現在1万筆を超え、最低限の目標はクリアした。引き続き2万、3万と増やしていきたい。大阪市の総合教育会議が開かれる8月中をめどに、吉村市長に提出したい。

学力向上を目指すにしても、まずは原因分析をしっかりすることが先なのではないか。教職員同士や管理職、教員の関係性を向上させる施策を考えることの方が効果があることも、今後訴えていければと思っている。

武田氏の方針撤回を求めるキャンペーンサイト


【プロフィール】

武田緑(たけだみどり) 教育コーディネーター、学校改革サポーター、教職員研修ファシリテーター。教育関係者向けの研修の企画運営、現場の課題解決のための支援、教材やツールの開発・提案、キャンペーンなどに取り組む。シティズンシップ教育、人権教育、オルタナティブ教育、学校と学校外の協働、子どもの参画、ファシリテーション、ワークショップデザインなどが専門。