新1万円札に渋沢栄一 教育者としても尽力

麻生太郎財務相は4月9日、政府・日銀が2024年度前半に1万円、5千円、千円の各紙幣(日本銀行券)を一新させると発表した。

史料館前に置かれた若き日の渋沢栄一

図柄はそれぞれ▽1万円札 第一国立銀行や東京証券取引所など多くの企業を設立、経営した実業家の渋沢栄一▽5千円札 津田塾大学の創始者で、特に女子の英語教育の指導に注力した津田梅子▽千円札 「日本近代医学の父」として知られ、ペスト菌発見など細菌学の発展や感染症予防に大きく貢献した北里柴三郎――の肖像画を使用する。

1万円札の顔となる渋沢栄一について、渋沢史料館の井上潤館長は教育新聞の取材に、「『日本の資本主義の父』として経済界での活躍が注目されがちだが、新しい国づくりの担い手となる人材を育成した教育者としての側面にも目を向けてほしい。お札に肖像画が使われるのを機に、本や資料などを通じて正しく、そしてより深く理解してもらえれば」と語る。

渋沢栄一について語る渋沢史料館の井上潤館長

「『商人には教育は必要ない』という偏見や、商業を蔑視(べっし)するような、近世からの風習の打破に尽力した」といい、「40年以上にわたって文部省(当時)をはじめ各方面に説得を重ね、1902年に東京高等商業学校(現在の一橋大学)を開設し、1920年には大学に昇格させてビジネスリーダーを輩出する高等教育機関とするなど、実学発展の基礎を築いた」と強調。

女子教育についても「『女性に高等教育など必要ない』と当たり前のように言われていた時代に、欧米諸国における女性の進出に学び、東京女学館の開設や日本女子大学校(現在の日本女子大学)の校長就任などを通じて、近代の日本女性に新たなモデルを示した」と話す。

同史料館を運営する渋沢栄一記念財団によれば、渋沢栄一は約600の教育機関や社会公共施設を支援。1931年に91歳の生涯を閉じた際には、各地で哀悼式が催されたという。

渋沢栄一のひ孫である渋沢雅英理事長は「死後80年という長い歳月がたってもなお、その人生や業績に現代的な関心が寄せられている」と述べ、その理由について「近代日本が輩出した多くの指導者の中で、その活動が企業の設立経営の他、教育、社会福祉、国際関係など国民生活のほぼ全面に広がっていたこと、そして取り組んでいた課題に現代と密接に関係する部分が多かったことが上げられる」としている。