女性教育者・起業家のパイオニア 新5千円札の津田梅子

「紙幣一新後は、財布を広げると、社会変革のパイオニアとなった女性教育者の姿がある。それが学校や教育の変革を担う女性教員を勇気づける力になれば」――。5千円札の肖像画に、津田塾大学の前身・女子英学塾を創設した津田梅子が選ばれたことを受け、津田塾大学の髙橋裕子学長は4月10日、女性リーダー躍進への期待を教育新聞に語った。

留学中のフィラデルフィアで撮影された津田梅子(当時11歳)の肖像写真

同学が国立印刷局から津田梅子の写真提供を依頼されたのは、2009年ごろのこと。それが19年度に入って突然、同局から「約10年前の資料に関わることで話がある」と連絡があり、4月8日夕方に訪れた財務省職員から「新しい5千円札の肖像画になりました」と告げられたという。

髙橋学長は「教育者として、かつ学校を創設・経営した起業家として、女性が持つあらゆる可能性に全身全霊を懸けた津田梅子が選ばれたことに、女性史研究者の一人として非常に大きな意義を感じる」と話す。

髙橋学長は同学で11代目の学長。歴代の学長は1人を除いて全て女性だったといい、「全国の国公私立大学で女性学長が11.3%(学校基本調査18年度より)という中で、学長11人のうち10人が女性という大学は極めてまれ。これは、津田梅子が女性リーダー育成の仕組みを構築し、その後作られた『女性の長い列』が津田梅子のバトンを着実に引き継いだ成果だ」と語る。

また、小・中・高校などでも女性管理職が少ないという現状を踏まえ、「女性教員には『大変そう』『まだ準備ができていない』を言い訳にせず、機会があれば率先してつかんでもらいたい」と述べ、「津田梅子は米国留学という機会をつかみ、そこで得た経験から女性の新たなロールモデルを示し、後に続く女性に勇気を与えた」と強調。

津田塾大学の髙橋裕子学長

「何事も経験してみれば、その人の力になる。立場が変わることを恐れずに学校マネジメントに参画し、新しい時代を切り開いてほしい。これからの教員に大きな期待を寄せている」と締めくくった。

津田梅子は1864年に生まれ、6歳で日本人初の女子留学生として米国に留学した。18歳で帰国したものの、25歳のときに全ての縁談を断って米国に再留学。36歳で女子英学塾を創設した。1913年の卒業式では、式辞として「皆さんは多くの日本人女性よりも大きな機会に恵まれてきた。そのことが皆さんに、そして周りの人たちに大きな意義を持つよう願う」と英語で述べており、その肉声は今も津田塾大学に残されている。