【工藤勇一校長】柴山文科相に語った学校改革と教員像

定期テストの廃止など学校改革の取り組みで知られる工藤勇一校長の東京都千代田区立麹町中学校(生徒428人)に6月28日、柴山昌彦文科相が視察に訪れた。メディアには非公開だった柴山文科相との意見交換内容を含め、工藤校長が視察終了後に記者団に説明した内容を詳報する。

柴山昌彦文科相の視察後、記者団の取材に応じる工藤勇一校長

工藤校長は、教員・生徒・保護者それぞれに当事者意識を持たせることから学校改革をスタートさせ、大人への不信感が強い生徒たちをリセットするために一定の時間をかけながら、最終的には自分を俯瞰(ふかん)的・客観的にみるスキルを養うことで生徒に社会で生き抜く能力を身に付けさせていくという、実践と経験に裏付けられた独自のアプローチについて説明。

このプロセスで今後の教師に求められる能力と役割についても、試行状態にある内容も含めて深掘りして語った。


改革とあつれき
――柴山文科相と意見交換した内容は。

まず、「学校改革を進めるにあたり、あつれきはなかったか」との質問だった。結論から言うと、「さほどたいしたあつれきはない」と答えた。私は、初めに理念を掲げて、そこにみんなを当てはめようとしたわけではない。物事の順番を考えて進めてきた。

最初は全教員、生徒、保護者を当事者に変えていく、ということから始めた。一番簡単なことは、いまの学校の課題、文句のようなものを挙げてみることだ。5年前の7月25日に麹町中学校に赴任したとき、4カ月間かけて、全職員から文句というか課題をあげてもらい、その解決の方向を定めていった。

課題の数は、私が約150項目書き加えて、夏休みの時点で約200項目になった。1年終わったときには、340項目あった。その340項目のうち、半分の170項目をその年に解決した。そうすると、いろんなことが改善されていく。自分たちの力で改善させていく、ということを経験させることによって、教員一人一人が当事者に変わっていく。

5年前は職員会議が月2回あって、毎回1時間を超えていた。いまは月1回15分しかかからない。常に全教員が課題を出して解決することが定着してきているから、職員会議を長時間やる必要がなくなった。

一番大切なのは、目標をはっきりさせることだ。目標が一致すれば、手段にはこだわる必要がない。自分の意見を押しつける組織から、目標によって手段を選んでいく組織に変わっていく。生徒や保護者にも権限を委譲して、生徒や保護者が主体的にやるようにした。

修学旅行は生徒がツアー企画を立てるための取材現場に変わり、生徒たちは旅行終了後にまとめたツアー企画を旅行会社にプレゼンテーションした。来年4月に制服をリニューアルするが、それも保護者がコンペを開いて、業者選定も保護者がやっている。

自分たちがみんなで当事者に変わる、という仕組みで改革を進めてきたので、あまりあつれきはなかった、という答えになった。

「最初の1年はリセット期間」
――次は。

アウトカム(結果)について話した。大臣から「改革するときに、受験の成果のような目に見えてわかる結果がないと、評価が上がらないのではないか」という指摘があった。

麹町中学校は4、50年前に開成中学校よりも進学校だった時代がある。だが、いまは区域の生徒を預かっている。千代田区の生徒は私立志向が高く、半分くらいは私立中学校に行き、公立の九段中学校などにも行くので、そこで残った生徒が麹町中学校に来る。だから、偏差値でみると、50くらいの平均的な生徒が集まっている。

でも、他校と明らかに違うのは、卒業時点での多種多様な進路先だ。女の子が工業高校を選んだり、デザイナーになりたいとか、料理の道に行ったり、オール5だった生徒が通信制高校を選んで自分のやりたいことをやる。そういう学校に変わってきている。

3年生を見ると、表情が柔らかく、自由に発言する生徒がいる。その一方で、1年生はだらっとしていて、廊下で寝ている子がいたりする。

私立中学校を受験して失敗して入ってくる生徒がほとんどで、1年生150人のうち、110人くらいは私立受験失敗組。夜10時くらいまで勉強していて、親や先生に言われたことにアップアップしていた生徒たちが入ってくる。転入生も多く、昨年は1年間で27人も来た。その半分から3分の1が私立のドロップアウト組だ。不登校の経験者や発達に特性がある生徒も多い。

そういう生徒たちは、まず、大人が嫌い。先生が嫌い、親が嫌い。リセットして元気にするのに1年ぐらいかかる。特にポイントになるのが2年生の7月のスキルアップ合宿。あれを契機にして生徒がだんだん変わってくる。

3年生になると、発言がどんどん出てくようになる。出るくいが打たれないことがわかってくるからだ。1年生のうちは、生徒たちはお互いに出るくい打ちまくりだ。けん制しあい、目立たないようにする。目立ったら打たれるから。やる気もなくなり、やっと学校にきているような生徒たちと信頼関係を作り、少しずつ大人を信用して元気になっていく。そういうことを大臣に話した。

最初の1年間は本当にリセットをしてあげるための期間だ。もともと、小さいときは誰でも主体的で自律している。自分のやりたいことしかやらない。でも、幼稚園に入って、「言うこと聞きなさい」「静かにしなさい」といわれて、小学校に行ってまた「言うこと聞きなさい」と言われて。主体性をどんどん奪われる教育をしているわけだ。

その上さらに「もっとやりなさい」「これ、やりなさい」と言いながら、少しでも引っ張り上げようとして生徒たちに与え続ける。そうやって、与え続けるから、文句しか言わない生徒になる。そんな生徒たちを元気にするには、本当に時間がかかる。

俯瞰(ふかん)的・客観的に見る能力
――ほかには。

大臣からは「チームでやるとか、そういうバランスが大事なんじゃないか」という話があった。

日本の教育は、がんばれとか、ガッツとか、あまりにも情緒的なことを言い過ぎる。麹町中学校の生徒たちがなぜ3年間であんな風になっていくのかというと、自分を俯瞰的・客観的に見る能力が高まっていくからだ。

ひとと言い合いになれば、いらいらするものだ、ということを頭で知っている。2年のスキルアップ合宿で、そういうことを教える。そうすると、友達同士というのは、トラブルがあるものだということがわかっていき、生徒の姿がだんだん変化していく。

これから目指さなければいけない教育は、生徒自身が自分を俯瞰的・客観的に見て、(プロ野球選手の)イチローのように、淡々と自分には何が足りなくて、それを続けるにはどうすればいいのか、しっかりと考えて自分を成長させることができるスキルを身に付けさせていくことだ。

教員はそれを助言することができる力を持たなければならない。それを、ガッツとか、根性とか情緒的な言葉に置き換えるんじゃ意味がない。言語できちんと意味づけたり、価値づけたりする力が大事だ。

八つの目指す生徒像は、実際に身に付けてほしい力を示している。3年生になると、平気で感情をコントロールしなくちゃだめだよ、と言うし、いらいらしている自分を俯瞰的に見ることができるので、コントロールしなきゃいけない、とわかる。きちんと生徒の中にメタ認知能力が育っているから、それができる。大臣は「とてもよくわかる」と応じていた。

※麹町中学校では『目指す生徒像(コンピテンシー)』として次の8項目を挙げている。

(1)さまざまな場面で言葉や技能を使いこなす
(2)信頼できる知識や情報を収集し、有効に活用する
(3)感情をコントロールする
(4)見通しを持って計画的に行動する
(5)ルールを踏まえて建設的に主張する
(6)他者の立場で物事を考える
(7)目標の合意形成を図り、他者と協働する
(8)意見の対立や理解の相違を解決する
授業時間数の短縮
――AIによる数学指導の視察では、授業時間数の短縮が話題になっていたが

ものすごく早い生徒は、年間授業時間数140時間のカリキュラムが40時間くらいで終わってしまう。つまり、100時間が余ってしまう。私立ならどんどん先に進むところだが、公立には学年の枠がある。教科書だって次の年にならないともらえない。だから、大臣は「それは課題ですね」と言っていた。

機会均等の履修主義から到達度主義に変えていき、個別に最適化された授業が必要だということなのだろう。教員の働き方改革の意味でも、大臣は「授業時間を短縮できるというのは、今後、大事な視点」と言っていた。

――いまは余った時間は何をやっているのか

大臣も同じことを質問していた。いまはプログラミングの授業や、ドローンを飛ばすなど別のPBL型の授業をやっている。でも、それが本当に必要なPBL型授業なのか、正直なところ、まだよくわからない。

視察を受けた教室にいた生徒は、2クラスを習熟度で3分割したうちの下の2クラス。そこでAI教材を使っている。トップクラスでは、通常授業をしている。なぜかというと、トップクラスの生徒たちは、開成を受ける生徒がいたり、慶応を受ける生徒がいたりするので、都立高校の入試問題程度では物足りない。いまのAI教材はそこまで対応していないために、通常の授業を行っている。

でも、通常の授業を受けている生徒たちは、AI教材の授業と比べて思考を停止する時間が長いので、ゆっくり普通通り進んでいく。それに対して、AI教材を使っている下の2クラスは自分の課題に応じて、どんどん進めていくので、偏差値や得点の分布を調べてみると、下の二つの層がどんどん上に近づいていっている。

――そうした偏差値や得点の改善は、誰にでも起きるのか。

誰にでも起きる。数学的な考え方で、例えば証明問題をじっくり考えるとかではなくて、計算ができるとか、形式的に処理する力をアップさせるだけだったら、AI教材を与えて個人にまかせればいい、ということだ。それをわざわざ教員がゆっくりステップを積んで、みんなに同時に教えていく必要はない、ということがよくわかった。

教師のメタ認知能力
――PBLの時間を増やすときに求められる教員の役割や能力として、どのようなものを期待しているか。

いま麹町中学校では、脳神経科学を使って教員の研修をしている。脳神経科学は世界的にはここ10年で急激に進歩してきて、脳のどこの分野がどんな機能を持つかといったことが解明されてきている。

初歩的なことを話すと、心理的に安心安全な環境が作られると脳の前頭葉の部分が活性化すると言われている。そこには感情をコントロールするとか、学習をする機能とか、自分の行動を抑制するとか、そういったところが関わっている。しかし危険な状態になると、例えば、出るくいが打たれる環境、失敗をすぐに非難される環境、教員とか親とかにがんがん叱られる状態に置かれると、脳が働きづらくなることがわかってきた。

つまり、この部分が働かないと、ひとは挑戦しようとしなくなるわけだ。

麹町中学校の生徒たちが3年生になって、なぜあんなに自由に発言できるかというと、心理的に安全な状態が保たれているために、出るくいが打たれない環境があるから、どんどんどんどん挑戦する、ということになる。

そういう環境を作るためには、教員の技術が必要だ。とりわけ言葉が大事になる。

褒めることを例に挙げてみよう。一位を取るとか優勝するとか、結果を望んでほめる教員や親がいる。そうすると、生徒たちは、うまくいかなくなったときに、「自分には能力がないから負けた」となる。「もう勝てないな」ということがわかると、努力しなくなる。

だが、プロセスを褒め続ける教員や指導者に出会うと生徒たちは違ってくる。まず、「ひとと比べるな」「チームと比べるな」「一位になるなんて考えるな」「自分のなかにもう一人の自分を作って、ここに到達するために何ができるかを考えてごらん」と言って、その工夫をさせ、ルーティーンを作らせる。

そのプロセスに応じて褒めていくと、生徒たちは、うまくいかなくても「自分が努力不足だったな」とか、「工夫が足りなかったな」となっていく。これは心理的に安心安全な状態だ。こういう指導方法を整理していく時代が来ていると思う。

――教員への指導はどう進めているのか

これはいまディスカッション型で、やっているところだ。

生徒のメタ認知能力を高めるためには、言語化する能力が大事。でも、この言語化する能力を高めるためには教師自身のメタ認知能力が大事になる。

だから、教師のメタ認知能力を高めることを目標に、大阪市立大空小学校の初代校長だった木村泰子さんと脳神経学者でダンシングアインシュタイン代表の青砥瑞人さんに参加してもらい、校内の教員と保護者、公募した外部参加者ら総勢70人ぐらいでワークショップを行い、実践的に研究している。

これから目指すべき教師像を考えると、生徒たちへの言葉がけの訓練、それは自分の訓練でもあるけれども、それがプログラム化される必要がある。いま、世界はこういう研究をしている。

これから教師に求められていくのは、生徒の学び方をみてあげたり、学んだことを意味づけてあげたりする能力だろう。「なるほど、こういう意味か」と俯瞰的にみる能力が生徒たちの脳に刻まれていけば、生徒たちはやがて自分でそれを工夫できる人間になる。

PBL型の授業が大事だと言うけれども、PBL型がなぜ効果があるかというと、目的とか他者とかをきちんと意識できたときに、PBL型は意味をなす。ただ、問題解決をさせるためだけのPBL型授業だったら何の意味もないと思う。

例えば、麹町中学校の授業でやっているような、みんなでプログラミングしてドローンを飛ばすだけでは、生徒全員にモチベーションが湧くわけではない。

学ぶ目的がはっきりしていけば、学び方が変わるはず。教員は生徒たちに授業でやっていることをきちんと意味づけてあげることが大事だ。プログラミングして飛ばせたかどうかという結果ではなくて、生徒の行動や思考をよく見て、「君、そういうところが良いね」と価値づけてあげると、生徒はその行動を繰り返そうとする。言語で自分が意味づけられるというのは、生徒にとってとても大事な作業だ。

――教員は異動がある。麹町中学校から転出すると、同じやり方ができなくて困るのではないか

これは、麹町中学校の生徒たちと同じだ。卒業して校則がガチガチに厳しい高校に行く生徒もいる。麹町中学校では、髪の毛が自由だし、ピアスを開けていてもへっちゃら。それを規制するという概念そのものがない。

そんな生徒たちが高校に行ったときに困るかというと、全然困らない。卒業生が「うち、とっても厳しいんですよ」と言ってくるが、みんな我慢できている。対立して意見が合わないことが普通だとわかっているから、高校に行ったら予想通りの結果が来たと受け止めていく。あとは、それを動かすためのアクションを自分が起こす、というだけだ。

教員も全く同じ。他の学校に転出しても、憂いたりしない教員に育てている。ありのままを受けいれて、課題解決するというプロセスを教員も生徒も学んでいる。だから、新しい職場や学校に行っても、自分のできることを改善していくということになる。


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