【常識破りの高校野球】(下)カウンターベースボールの精神

短時間練習、他部と兼用のグラウンドという制約の下、部内リーグ戦の展開や独自のデータ野球を実践する広島県の武田高校硬式野球部の神髄を明らかにする全3回シリーズ。最終回では、元プロ野球選手という異色の経歴を持つ同校教諭の岡嵜雄介監督が「カウンターベースボール」にたどり着くまでの過程に着目する。


武田高校野球硬式部の岡嵜雄介監督
元プロ野球選手がホッケーを指導

岡嵜監督は1981年に地元の広島県呉市に生まれ、小学6年生で野球を始めた。高校、大学、社会人と野球を続け、米国のフロンティアリーグのチームからオファーを受けたこともある。四国アイランドリーグの徳島インディゴソックスで2年間プレーした後、26歳で現役を引退。広告代理店に就職した後、通信教育で高校情報科の教員免許を取得し、2011年度から京都府にある立命館高校の教師になった。教師を目指した理由について岡嵜監督は「教師なんて自分にとって一番縁遠い仕事だと思っていた。しかし、広告代理店の仕事を通じて、テンプレートにないものをデザインすることの楽しさを知った。教師は自分で授業や部活動をデザインし、人をつくる仕事。そこに面白さを感じた」と振り返る。

しかし、立命館高校に赴任した当初は、当時、元プロ野球選手が学生野球を指導することを禁止する「プロアマ規定」があったため、野球部の指導はできず、やむなく男子ホッケー部の顧問をすることになった。

もちろん、岡嵜監督にホッケーの競技経験はない。そんな素人顧問であるにもかかわらず、12年度の全国高等学校総合体育大会(インターハイ)でベスト8進出を果たしてしまう。

顧問就任からわずか2年足らず、一体どんなマジックを使ったのか。岡嵜監督は「野球の場合、高校生とプロ選手が試合をしてはいけないというルールがあるが、ホッケーにはないことに気付いた。そこで、日本リーグに所属する女子チームに、思い切って練習試合を申し込んだら、快諾してくれた」と明かす。ホッケー界の常識を覆す手法はこれだけではない。岡嵜監督は、選手たちにとにかく走り込む練習メニューを課した。ホッケーはルール上、選手交代が無制限にできる。岡嵜監督はこれに目を付け、選手を次々に交代させて走り勝つ作戦を実行したのだ。

「ホッケーではプレー中も大声でコミュニケーションを取りながら、動きを変えていく。臨機応変に動けないと怒られる。それに対して、野球はサインで指示した通りに動かないと怒られる。ミーティングの質や内容も違う。他競技を指導することで、野球部の問題点が見えてきた」と岡嵜監督は振り返る。

その後、13年度にプロアマ規定が緩和され、晴れて立命館高校野球部のコーチとなった。京都府では初となる元プロ野球選手指導者の誕生でもあった。そして、14年度から地元に戻り、現在の武田高校の教諭に着任。念願の野球部の指導に当たった。

高校野球の現状を危惧する岡嵜監督

岡嵜監督が目指す「常識を打ち破り、新しいスタイルを生み出す野球」は、カウンターベースボールと呼ばれている。岡嵜監督は「教師も野球も、いろいろなスタイルがあっていい。いろいろなスタイルがあるから、自分たちの野球ができる。異なるスタイルを絶対に否定してはいけない。それがZebrasの掲げるカウンターベースボールの理念だ」と強調する。

そんな武田高校野球部の目標は甲子園で勝つことだが、最近は甲子園を絶対視しなくなってきたという。「日本では高校で燃え尽きて野球をやめてしまう生徒が多い。このままでは、日本の野球人口は減少する一方だ。甲子園を目標にするのではなく、大学や社会に出てからも野球を続けてくれるような生徒を育てなければいけない」と、岡嵜監督は日本の野球の未来を語る。

7月12日から開幕した第101回全国高等学校野球選手権広島大会で、2回戦から出場した武田高校は3回戦で広島市立沼田高校と当たり、6対7の1点差で惜敗した。しかしながら、Zebrasの掲げるカウンターベースボールは、100年以上の歴史を持つ高校野球の伝統を大きく変えるかもしれない。


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