【記述式問題】「日程含めマクロな議論が必要」センター幹部

来年度に始まる大学入学共通テストの記述式問題について、採点の質や自己採点を巡る不安から、与党を含めて再検証や導入延期を求める声が高まっている。萩生田光一文科相は近日中に対応方針を表明する考えだ。こうした疑問や不安の広がりをどう受け止めているのか、共通テストの準備を進める大学入試センターの白井俊・試験研究統括補佐官にインタビューした。記述式問題の自己採点が難しい理由を説明したうえで、受験生が自己採点によって志望校を決めなくて済むように試験結果を通知するなど、「共通テストの使い方や大学の二次試験のスケジュールを含めてマクロレベルの議論が必要」と語った。

(聞き手 教育新聞編集委員 佐野領)


自己採点の一致率は生徒のメタ認知能力に左右される
――記述式問題について、高校生や学校現場から不安を訴える声が出ています。採点のぶれがある以上、自己採点を前提にした二次試験の志望校選びができないという指摘をどう受け止めていますか。

センター試験における自己採点については、予備校などによって事実上の制度として確立しているのが現在の実態です。まずは、センター試験を取り囲む、こうした仕組みを前提としたままで考えるのか、それとも、仕組み自体を見直すのか、といったことを考えることが必要だったと思います。これまでの議論を見る限りでは、こうした仕組みをどうするかという視点がないまま、自己採点の一致率を上げることだけが目的化してしまっているように見えます。

プレテストの結果を見る限り、記述式問題で自己採点が一致する生徒は、国語で6~7割、数学で8~9割でした。すなわち、自己採点ができない受験生が一定の割合でいるということです。これは、当然であって、なぜなら自己採点ができるかどうかは、生徒の認知的能力、とりわけメタ認知能力に関わってくるものだからです。自己採点ができるためには、自分が書いた解答が他人にどう受け止められるのか、あるいは一定の正答の条件に適合しているのか、それらを自分で判断できなくてはなりません。

力のある生徒であっても、問題によっては十分判断できない場合もあるでしょうし、個々の生徒の学力、問題の設定や性質によって、自己採点ができる場合も、できない場合も出てくるのは当然だと思います。

こうしたスキルは、高校生が大学に入った後も、また社会に出てからも必要となるスキルです。ぜひともしっかりと身につけてほしいと思いますし、記述式問題を導入しようとした趣旨も、本来はこうしたところにあったはずです。

とは言え、受験生全員が十分なメタ認知能力を身につけているとは言えないでしょうし、たとえ力があっても、さまざまなタイプの素材や出題形式がある中で、コンスタントにメタ認知を発揮していくことも難しい課題でしょう。

――それでは、何が必要だったのでしょうか。

前述のように、プレテストの結果を踏まえると、自己採点と実際の採点との一致率は7割から9割前後になってくると思います。その前提でどのような制度設計にするのかは、入試改革を進める上で、文部科学省において考えるべき問題です。例えば、受験生が自己採点によって志望校を決めないで済むように試験結果を通知するなど、共通テストの使い方や大学の二次試験のスケジュールといったことを含めて、マクロレベルの議論が必要だと思います。

――そもそも自己採点を前提に大学入試制度を考えていること自体に無理があるということですか。

現状として、受験生は、自己採点を前提にして出願を決めています。そこに新しく記述式問題という要素が入ってきたわけですが、他の仕組みを一切動かさないまま、記述式問題の自己採点の精度を上げることだけで、問題を全て解決しろということであれば、限界があるのは明らかです。

高校生の再現実験 エビデンスを示す姿勢は評価
――先日、高校生がインターネット上で採点を再現した実験結果を公表しました。

高校生が自ら動き出そうとする動きは素晴らしいことですね。抽象的な批判でなく、エビデンスを示そうとした姿勢も良いと思います。ただ、高校生の皆さんが目指そうとしていたゴールはどこにあったのでしょうか。

現に、記述式問題を出題していない大学も多数ある中で、大学あるいは社会に出てからも求められる記述力を育成していくために、今回、共通テストで記述式を導入するという政策決定が行われたわけです。もし、その仕組みに課題があるのだとしたら、他にどのような方策が考えられるのか、問題解決につながるような建設的な提案があったら、なお良かったと思いました。

――自己採点ができない生徒が一定の割合で存在し、それが生徒のメタ認知能力に問題があるとすると、改善はできるのでしょうか。

高校の授業や定期考査などを含めて、さまざまな場面で記述する機会があると思います。その際、例えば生徒の答案を比較して、評価の基準に照らしてどうだったのか、なぜこちらの答案は基準を満たしていて、あちらの答案は満たしていないのか、といった議論などをしていけば、おのずから改善にはつながっていくと思います。

また、授業の中で発表をしたり、他者からの質問に答えたり、質問をしたりするといったアクティブ・ラーニングの取り組み自体が、自分を客観的に振り返り、メタ認知の力を培っていくことにつながると思います。こうした授業改善は、自己採点一致率の改善といったレベルを超えた、本質的に重要な取組だと考えています。

ただ、一定の改善があって、仮に自己採点一致率が90%になったとしても、10%は自己採点できない受験生がいることになりますから、依然として不十分だという指摘は残り続けるでしょう。

完璧な試験は存在しない
――共通テストへの記述式問題の導入には反対が広がるばかりです。中でも制度が不完全だとして反対する意見が多い。なぜ、反対論が広がると思いますか。

最近、共通テストへの反対から、従来のセンター試験が良問を出題しているとして、ご支持いただく声が広がっているのは、入試センターとしては大変ありがたいことです。実際、いまのセンター試験は、高い専門性を有する研究者が、さらに重層的な作問体制の上でノウハウを蓄積しており、確かに高水準の内容になっていると思います。これだけの体制を組むことができる組織は、国内はもとより、諸外国のテスト機関と比べても、入試センター以外にはないと思います。

とは言っても、センター試験も人間が作る試験ですから、必ずしも完璧とは言えないのが実態でもあります。過去のセンター試験で、出題や回答選択肢の作り方にミスが発生したケースもありますし、科目によって難易度に差がついてしまい、得点調整を行うケースもあります。また、試験問題に求められる識別力が低い問題が出題されていることもあります。もちろん、超高性能の機械で読み取っていますから、マークシート式の答案についての採点ミスは生じていませんが、人間が問題を作成している以上、さまざまな課題があることは否定できないわけです。

結局、完璧な試験というのは存在しないのだと思います。センター試験にしても、導入当時は、ものすごく批判があったと聞きます。選択式の問題ですから、当時は、「鉛筆を転がして、それでも25%正解するのか。そんなの試験じゃない」といった猛烈な批判があったそうです。それでも、センターがひたむきに良問を作り続ける中、30年がたって、当たり前のように定着し、現在となっては「センター試験を変えるな」、という声までいただくようになっているのです。

教育という営為の根源にあるのは、「人間が人間を評価する」ことであり、試験はその一端でしかありません。そのことを自覚した上で、どのような試験制度が望ましいか、より丁寧に議論していく必要があるでしょう。

――記述式問題への反対論には、公平性と絡めて採点の質を問う指摘もあります。採点者を訓練すれば、採点の質は上がるのでしょうか。

多層的な観点でチェックするので、アルバイトが適当に採点をして、2人ぐらいの採点が合えばそれで終わり、といったレベルのものでは全くありません。複数者による採点は当然ですが、例えば、統計的に見ていって、採点精度の低い採点者は除外したり、答案の類型ごとにクラスタリングしてチェックしたりするなど、科学的な手法を用いながら、縦横さまざまな視点からクロスチェックをかけていく予定です。

ただ、入試センターが国から示されている前提である「50万人の答案を20日間で、民間事業者を活用して、一つのミスもなく採点する」ということが、極めて大変なチャレンジであることは間違いありません。

――AIが採点にも活用できるとの意見もあります。

特に国語の文章については、多様な表現があり得ますし、文脈やニュアンスなどを読み込む判断は難しいでしょうね。ただ、採点者の支援などの形であれば、活用できる部分はあると思います。


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