東日本大震災から9年 記憶や教訓の継承に、学校は

3月11日、津波による多くの犠牲者を出した東日本大震災から9年を迎えた。新型コロナウイルス感染症(新型肺炎)の感染防止のため、各地の追悼式が中止や縮小を余儀なくされた。震災の記憶と教訓を、どう継承していくか。被災地にある学校や地域の思いを聞いた。

将来の町を担う人材を育てる

震災と原発事故により休校となった5つの高校の校旗も掲げられた、ふたば未来学園のオンライン追悼集会(ふたば未来学園提供)

津波により被災した小中学校5校を統合して新設された小中一貫の義務教育学校である岩手県大槌町立大槌学園では、1~9年生(中学3年生に相当)まで、「総合的な学習の時間」を活用した同町独自の「ふるさと科」で「震災を忘れない」授業に取り組んでいる。震災後、町がどのように復興してきたのか、復興にかける人たちの思いを知り「自分たちはどうしていかなければならないのか」を、子供たちに考えさせている。

昨年9月には、9年生の生徒が避難所運営のシミュレーションをした。学園内の体育館を避難所に見立て、地域の人たちを誘導。調理室で一緒におにぎりの炊き出しを行った。その1カ月後、台風19号で町内が被害にあったときには、実際に体育館が避難所に指定され、生徒らの取り組みが役立ったという。

また、今年2月には、4年生の児童が「生きてゆくことの意味を考えよう」をテーマに、2012~19年まで、3月11日付の地元紙の震災関連記事を見ながら、「思いを力に前へ」「生まれてありがとう」など、明るく前向きな言葉を見つける授業を行った。

松橋文明学園長は「3月11日には、町主催の追悼式に生徒会長が出席して、追悼文を読む予定だったが、新型肺炎の影響で延期となってしまった。今後も『ふるさと科』の活動を通じて、将来の町を担う人材に育つよう、子供たちに『震災を忘れない』教育を続けていく」と話す。

「生の声」を伝えたい

福島第一原発事故で被災した双葉郡の県立高校5校を集約する形で2015年に開校し、今年度、新たに中学校が併設され、福島県で初めての併設型中高一貫校となった県立ふたば未来学園高校。震災発生と同時刻に開始した追悼集会には、インターネットを通じて自宅学習中の生徒も参加した。

同学園は県内で初めてスーパー・グローバル・ハイスクールに指定されるなど、先進的な教育を行う。一斉休校の要請を受けて以後、休校期間中の学習の遅れや進学などで不利益を生まないよう、常駐するNPO法人カタリバと協働し、自宅学習におけるICTの活用を実践している。中学生はビデオ会議アプリ「Zoom」を通して、毎朝クラス全員が参加する学活を実施。高校生はクラウドサービス「Classi」に毎朝ログインし、伝達事項や課題の進捗(しんちょく)状況などを確認している。

追悼集会では、当時の様子を収めた動画を上映したほか、養護教諭が当事者としての過酷な被災体験を語り、ウェブ中継で自宅にいる生徒たちに届けた。

同校の丹野純一校長は「被災者の悲しみや苦しみに耳を傾けていくことが、未来を創造するためには大切」と話し、「震災の記憶が薄れる中で、被災の記憶あるいは教訓を伝えていくことは学校としての使命だ」と、大人たちが「生の声」で当時の状況を伝える大切さを強調した。

子供の命を最優先にする学校に

津波によって多くの児童や教員らが犠牲となった宮城県石巻市の大川小学校は、津波の脅威を後世に伝えるべく、建物が震災遺構として、当時の状態のまま残されている。毎年、10万人以上の人が訪れ、遺族らが語り部として活動を続けている。

元中学校教師で、大川小の事故を伝える「小さな命の意味を考える会」代表の佐藤敏郎さんは「あの場所がどういう場所なのか、年々伝わりにくくなっている。町があり、子供が生活していた場所だということ、命があったことを伝え続けたい。なぜ大川小を震災遺構として残したのか、行政の議論が足りていない」と懸念する。

大川小を巡っては、昨年10月、遺族らが市と県に対し損害賠償を求めた訴訟で、最高裁が市と県の上告を退ける決定をし、約14億円の賠償を命じた。

佐藤さんはこの判決について「教員に責任が負わされた、これによってまた負担が増えるといった声もあるが、むしろ逆だ」と強調する。

「大川小では、防災マニュアルにたった1行、具体的にどこへ逃げるかを書き込み、教員同士で共有しておけばよかった。忙しさの中で子供のことが見えなくなっていた延長線上に『あの日』があった」と指摘。「想定を超える地震に、マニュアルにない判断をして子供が助かった学校もある。子供の命を最優先にする学校になることが、何よりも重要だ」と話す。

当時大川小の6年生だった次女を亡くした佐藤さんは「阪神大震災や中越地震があっても、私自身どこか人ごとで、ハザードマップや防災マニュアルに娘の命が関わっているなんて想像もしていなかった。恐怖をあおる防災は人を誤らせる。みんなが助かって喜び合える、ハッピーエンドな未来を目指した防災でなければならない。私たちの体験がそのヒントになってほしい」と語った。

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