【寺脇研×前川喜平】私たちは子供を救えるか?

元文部官僚の寺脇研・京都造形芸術大学教授と前川喜平・元文科事務次官が企画した映画『子どもたちをよろしく』が全国で順次公開されている。貧困や虐待、いじめなどの、子供たちを取り巻く深刻な問題に、大人はどう向き合うべきなのか。映画の公開に合わせ、両氏が映画に込めた社会へのメッセージを語り合った。


家庭の問題を社会に問う
――この映画をつくろうと決めたきっかけは何ですか。
対談に臨む寺脇氏(左)と前川氏

寺脇 私はもともと、文部省に入る前から映画と関わってきました。大学に移って、自分の責任で制作する映画としては、本作が3本目になります。教育に携わっている人ならばきっと、自分たちでいくらベストを尽くしたとしても、子供たちを救えない現実を痛感してきたはずです。なぜなら、今、子供が置かれている状況で最も困難を抱えているのは学校ではなく家庭だからです。「子供たちを救えないこの現状をどう思いますか」と、三度目の正直ではないですが、以前から自分の中で世の中に問いたかったテーマを映画の力で訴えたのです。

映画では、主人公たちを14歳に設定しました。中学生はまだ親離れできない、親に従属しないと生活できない立場であるとともに、自殺が一番多い。どんなに理不尽な扱いを受けても逃げられない。そんな中学生のつらさを感じ取ってほしいと思いました。

前川 学ぶことよりも前に、子供たちの命を守らなければいけません。だからこそ、私はいじめや自殺といった問題は優先順位が極めて高いと思っています。しかし、これまでの国の施策は十分な効果があったとは言えません。10代の自殺はむしろ増えているくらいです。

映画で描いた「家庭崩壊」の問題は、まさに社会のひずみが家庭に押し寄せてきて、その中でも一番立場が弱い子供たちが、その犠牲になっています。彼らには居場所がないのです。家庭はもちろん、学校にも地域にも居場所がない。これ以上ないくらいの大変な状況で暮らしているのに、学校の教員も地域の大人も、誰も手を指し伸ばしてくれない。そういう状況に気付いてほしいという思いを込めました。

いじめや虐待から子供を救う新たなアプローチ
――作品の中では、子供にとって身近な大人であるはずの学校の教員はほとんど登場しませんね。
子供が抱える問題は学校に起因するものだけではないと指摘する前川氏

寺脇 学校で何が行われているかは、ある程度知り尽くされていますよね。今まで子供のいじめや自殺を扱った映画や作品は、そのほとんどが学校のことを描いてきました。しかし、事態は好転していません。

学校でやっていることは、基本的に全国どこでも一緒なのが、明治時代以来の制度です。一方で、地域や家庭は本当に多様で、実は子供にとって重要なファクターになっています。これまで、家庭や地域が本来担うべき役割を教員が肩代わりしてきた結果、学校現場はどんどん疲弊してきました。関係性が希薄になった地域では、隣近所で子供がいじめや虐待を受けていても無関心です。今こそ、子供たちを救うために、新しいアプローチをしなければいけないときなのです。そのために、まずはやりきれない現実を直視しないといけません。

前川 子供が自殺すると、世間は学校に原因があったのだと考えがちです。いじめ防止対策推進法でも、重大事態である自殺が起こったときは、学校でのいじめを疑い、調査することが定められています。私は、あの法律は非常に意味のあるものだと思いますが、学校に偏りすぎているのではないかと思います。

いじめや自殺の問題を全て学校の側から捉えようとしているけれど、学校よりも家庭や地域で過ごす時間の方が子供たちにとって長いわけです。実はそこに、もっと大きな問題があるのではないか。学校は閉鎖的だと言われていても、外から見ることはできる。しかし、家庭にはプライバシーがあるので、何か問題が起きていても外からはすぐに分からないのです。想像もつかないような問題が起こっているかもしれない。それをえぐり出そうというのが、この映画の意図ですね。

地域で生きる子供たちのために
――各地では児童虐待によって子供が命を落とす事件が後を絶ちません。
教員が地域の大人として子供に関わる重要性を語る寺脇氏

前川 子供のためにもっと税金を使うことが必要だと思います。学校の教職員も不足していますが、それ以上に児童相談所や児童養護施設が深刻です。十分な専門性や能力のある職員が配置できておらず、虐待ケースは増えているのに質量共に適切な水準を満たしているとは言えません。政策として、資源をもっと投入すべきです。

ただ、最近は子ども食堂が各地に広まったり、フリースクールでの学習支援も増えてきたりしています。こうした草の根で、地域の子供たちを何とかしようという動きは出ていると思います。私は今、自主夜間中学を手伝っていますが、同じように手伝いたいという人がかなりいます。生徒よりも先生の方が多いくらいです。そういう気持ちを持った人同士がつながって、ネットワークができることには期待しています。

寺脇 この映画を見てほしい人の中には、子育てが一段落して、まだ元気もあって、経済的にも余裕があるシニアがいます。そういった人は、きっとこの映画で描かれた現実を最初は信じられないと思うのですが、その人たちがこの問題の解決のために、行動を起こしてくれたらと思っています。

今、子供たちの問題に取り組んでいるNPO団体は、若い人が中心で、運営に困っているところも多くあります。そんな団体を援助してもらえるならありがたいし、あるいは、人生経験の豊かなシニアだからこそ、子供たちの悩みに寄り添ってあげられることだってあると思います。

少子化で子供の数が減っているということは、逆に言えば、子供1人当たりの大人の数は多いということです。大規模な災害が起こると、多くの人が被災地にボランティアに駆け付けるように、今こそ、地域の子供たちのために力を貸してほしいのです。

弱者のための行政
――この映画では、教育をはじめとする国の施策が、本来は誰に向けたものであるべきかが問われているように感じます。

前川 そういう見方もあるかもしれません。私は、行政は強者ではなく弱者のためにあるべきだと常に考えてきました。競争に勝った人、豊かな人ではなく、負けてしまった人、貧しい人に目を向けないといけない。特に教育行政の主な対象は子供です。子供は自ら競争して負けたわけではなく、自分の責任ではないところで境遇が決まってしまうので、本来であればもっと予算を付けて、行政が手を差し伸べなければならないのです。

しかし、今の動きを見ていると、その人の学びが世の中で役に立つかどうか、優秀な人材かどうかという経済的な視点でしか見ていないように思えます。その人が幸せかどうかといった、数字にできないような価値をもっと大切にしないといけないのではないでしょうか。

寺脇 新学習指導要領では、プログラミング教育や英語教育が本格的に入ってきます。私はそれ自体を一切やるなとは言わないけれど、プログラミングができたり、英語が話せたりすることと、子供が自己を肯定し、健やかに育つことと、どちらが大切なのかと思います。

「未来の社会はこうなるから、そのためにこういう教育をしましょう」ということにあまりにも引きずられすぎると、教育現場をゆがめてしまうのだと思いますね。教員がそういうものに振り回されて、子供に目が行き届かなくなってしまうことを心配しています。

教員だからこそ、できることがある
――学校の教員に今、どんなことを期待していますか。

寺脇 この映画は、学校の教員にもぜひ見てほしいと思っています。教員は、学校で働いているときは、目の前の子供たちに全力を尽くす。これは当たり前のことだと思います。一方で、住んでいる地域では、教員自身も地域の大人の1人なのです。教員は、困っていたり、悩んでいたりする子供を見抜くプロですから、住んでいる地域でも、その力を発揮してほしい。教員が地域の大人の視点で子供を見ることで、今まで見えなかったものが見えてくるとも思います。

前川 教員は、子供の状態を一番把握できる立場にあります。だから、学校は、児童虐待を最も見つけやすい場所なのです。学校教育の本来の役割からは外れるのかもしれないですが、虐待の可能性が疑われる子供たちを、児童相談所や警察とも連携して、1人でも多く、少しでも早く救ってほしい。

もう一つ、教員にお願いがあります。学校を決して軍隊のようにしないでほしいのです。子供の人権を尊重し、一人一人を大切にする視点を忘れないでほしいですね。多様性を認めない、異なる存在を排除するような風潮には、危機感を覚えています。

教育は、そういう画一化の流れに対し、あらがわなければなりません。そのためにも、教員自身が自己に対して肯定的で、主体的に学ぶ存在であってほしい。そういう教員でなければ、本当に高い自己肯定感を持って主体的に学ぶ子供たちを育てることはできないと思います。

【プロフィール】

寺脇研(てらわき・けん)1952年、福岡県生まれ。75年東京大学法学部を卒業後、文部省(当時)に入省。2002年度改訂の学習指導要領でうたわれた「ゆとり教育」を巡って、批判の矢面に立った。文化庁文化部長などを歴任し06年退官。

前川喜平(まえかわ・きへい)1955年、奈良県生まれ。東京大学法学部を卒業後、文部省(当時)に入省。2016年から文部科学事務次官を務める。同省の天下り問題の責任を取るため、17年に退官。退官後は、自主夜間中学の活動などに携わる。

『子どもたちをよろしく』

中学2年生の稔は、同級生の洋一をいじめている。稔は、ふとしたことから義姉の優樹菜がデリバリーヘルス(派遣型風俗店)で働いている事実を知って動揺する。実の父親は酒浸りで、優樹菜に対して性的暴力を繰り返していることに、稔は激しい憤りを感じていた。一方、洋一の父親は優樹菜の風俗店でドライバーとして働いていたが、ギャンブルで借金がかさみ、洋一の給食費の支払いも滞るなど、生活に困窮していた。2組の問題を抱える家庭の中で、子供たちは追い詰められていく。

監督・脚本:隅田靖(すみだ・やすし)

企画・統括プロデューサー:寺脇研(てらわき・けん)

企画:前川喜平(まえかわ・きへい)

配給・宣伝:太秦

東京都渋谷区のユーロスペースほか、全国で順次公開中。詳しくは特設HPで確認できる。

次のニュースを読む >

関連