【コロナと学校】9月入学より「学びの保障」 日本教育学会

学校の休校長期化を背景に政府が検討している9月入学への移行について、日本教育学会は5月11日、「時間をかけた丁寧な社会的議論が必要」として、政府に「拙速な導入を決定しないよう」求める声明を発表した。「学校休校による子供、保護者、教職員の不安や心配の声に応える、実効性ある対策」が急務だとして、学校再開時に学習の遅れや地域間格差に対応するため、必要な予算と人員を事前に手当てするなど、学びの保障に必要な措置を9月入学論議よりも重視するべきとの考えを表明した。

9月入学に慎重な対応を求める広田照幸・日本教育学会会長

声明では、9月入学問題が浮上した背景として、休校による学習の遅れや受験への不安、部活動や行事など学校生活の時間を削減しないでほしいという子供たちと、ストレスを心配する保護者、教師たちの声に耳を傾ける必要があるとした上で、「9月入学は不安や心配の基にある、直面する問題の解決にはどれほど有効か」と疑問を投げ掛けた。続けて「9月入学・始業の導入は、状況をさらに混乱させ、悪化させかねない。例えば、学力格差の是正への有効性などには数多くの疑問がある」と説明した。

続けて「学年の始まりを今直ちに9月に変更すれば、学校や子供たち、家庭や社会にも甚大な影響が及ぶ」と指摘。慎重に検討されるべき課題として▽義務教育開始が世界でも異例の高年齢になる▽9月入学導入に伴う4月から8月まで5カ月分の学費の空白は、私立大学だけでも1兆円近い▽高校生や大学生の就職はどうなるのか――などを列挙した。

さらに、新型コロナウイルスの感染拡大によって、「学校でも社会でもさまざまな支援が緊急に求められている時に、教育の実質的保障に使うべき、限られた財源と人員を割いてでも9月入学・始業を直ちに実施することが果たして必要か。9月入学に議論を集中させることで、いま対応すべき重要な他の諸問題を見過ごすことも危惧する」と問題を提起。9月入学よりも学びの保障の体制作りを優先するべきだとの見解を示した。

声明を出した理由について、文科省内で記者会見した広田照幸・日本教育学会会長(日本大学文理学部教授)は「最初に9月入学の話が出てきたときは、一時的なアイデアに終わるだろうと思っていたが、政府で急速に導入可否の議論が進んできた。学会の会員から教育学の専門的な研究者として『何らかの意見表明をする必要があるのではないか』と危惧する声が寄せられた」と述べ、「9月入学・始業制」問題検討特別委員会を設置し、声明を出した経緯を説明した。

9月入学が抱える問題点について、広田会長は「お金と制度の2つが大きい」と指摘した。具体的には▽1980年代に臨時教育審議会で9月入学制度が議論されたとき、一時的に必要になる施設や教員の人件費などを試算したところ、年間1兆6000億円に上った。授業の空白期ができる私立学校への穴埋めにも2000~2500億円かかる。今回もまとまったお金が必要になる▽いままで年度単位で作られてきた学校や社会の仕組みを変えることになり、校種間の接続など制度上の不具合が生じる。カリキュラムは半年先延ばししただけでは片付かない。学習指導要領を半年ずらして前倒しするとなると、学習指導要領全体を作り替えていく膨大な作業が必要になる――などの問題点を挙げた。

9月入学論議よりも優先させるべきだとした学びの保障については、具体的な課題と解決策について特別委員会で提言をまとめ、5月22日に発表する予定。

学びの保障を巡り、特別委員会で出ている論点について、広田会長は▽オンラインによる家庭学習の体制作り▽学習指導要領で定められた1年分の課題をこなすのは無理なので、今年度は特例としてスリム化する。課題を精選して、家庭でできる学習は家庭でやる▽学校再開後、退職教員などを動員して土日や夏休みなどに授業を行い、学習の遅れを取り戻す――などを挙げた。

その上で、「学校が再開されても、全ての遅れを取り戻すことは難しい。来春卒業する生徒以外にはできるだけ手厚いサポート体制を作り、数年間かけて学力の遅れを取り戻すしかない。個別に少人数で、つまずいたところや大事なところを教えられるような、学びの保障に必要な人員を確保する必要がある。そのための費用は9月入学への移行に必要な金額よりもずっと少ないはずだ。本当はそこにお金をかけないといけない」と話した。

声明を発表する日本教育学会の幹部ら

また、乾彰夫・特別委員会委員長(東京都立大学名誉教授)は「新年度のスタートを9月にずらしても、いまの地域間などで起こっている格差を解消するのは、まずできないと思う。ICTの整備が進んでいる私立高校ではオンラインでどんどん授業を進めている。一方で、オンライン授業が全然できていない学校もある。その格差は解消しないだろう」と指摘。

大学入試に与える影響については、「大学入学共通テストの範囲を今年は高校2年生までに履修した範囲で出題するなど、いろいろな考えがありうる。受験生にできるだけ早く見通しを示すことが重要な点だ」と述べた。

9月入学については、都道府県の知事や野党から導入論が持ち上がり、経済界からも支持する動きが出ている。政府は4月30日、杉田和博官房副長官が関係省庁の事務次官らに論点と課題の洗い出しを指示しており、6月上旬をめどに整理する考えだ。安倍晋三首相は4月30日、国会で「前広にさまざまな選択肢を検討していきたい」と答弁している。

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