【9月入学】賛成の視点 溝上慎一桐蔭学園理事長に聞く

長期にわたる休校への対応策として議論が白熱している「9月入学」。教育新聞では賛成と反対、それぞれの有識者らにインタビューした。

グローバル課題への対応の観点から9月入学に賛成する溝上理事長(ビデオ会議システムで取材)

桐蔭学園理事長の溝上慎一・桐蔭横浜大学学長は、アフターコロナにおけるグローバル化の加速を見据え、9月入学の導入は「今が最初で最後のチャンスだ」と強調する一方、学習の遅れを取り戻すことだけが目的であるならば、「やらない方がいい」とも指摘する。

9月入学はグローバル課題への一手
――9月入学に対してどのように捉えていますか。

まず、私は研究者であると同時に、現在は幼稚園から大学まである私立学校の経営者としての立場もあります。研究者としては、9月入学は進めるべきだと考えます。そして、今がその最初で最後のチャンスなのではないかと思います。

その理由はグローバル化です。経済的なグローバル化だけでなく、教育制度やシステム、考え方におけるグローバル化も進んでいて、日本は日本固有の制度・システム、それに基づく経験に固執するばかりに、政府が審議会で指針を出したり、学習指導要領の改訂を行ったりしても、地方自治体や学校現場が歩みを変えようとせず、抵抗する状況が続いています。

日本の中だけの経験則で批判がなされ、うまく進められなかった大学入試・高大接続改革はその最たる例と言えましょう。アクティブラーニングや資質・能力の育成は、カリキュラムや教育活動と密接に連動しています。グローバル化は良い悪いではなく、避けられない現実です。世界共通の課題を前に、日本がこれまでの経験則でしかものを考えられない現状は、日本社会の発展を阻むものとして危惧しています。

加えて、アフターコロナでは、オンライン化やブレンディッドラーニングなどが一層進み、これまでの教育制度やシステムには収まらない取り組みがいろいろ出てくるはずです。9月入学にすれば留学がしやすくなるといった、そんな単純な話ではなく、世界共通の課題に背水の陣で取り組んでいくために、国際社会の主要な流れに歩調を合わせた9月入学への制度変更は、大変だけれども大きな一手だと私は考えています。

ただ、9月入学にすることで、不利益を被る人は当然出てきます。その人たちには十分な補償をしなければなりません。社会システムも大きく変えざるを得ませんから、莫大(ばくだい)なコストがかかります。問題は、このコロナ危機でただでさえ悪い日本の国家財政が一層逼迫(ひっぱく)し、経済もしばらく低迷することが目に見えている状況で、今の政府には社会の在り方を変える大改革を実行するだけの体力はないのではないかと思われることです。

学校の経営者としては、9月入学になろうがなるまいが、グローバル課題への対応は抜本的に、大胆に進めていこうと考えています。2004年に設立された秋田県の国際教養大学(公立)では、他大学と同じように春入学も行っていますが、秋入学を含めて多様な時期に入試を行い、日本人にとってのギャップイヤー、留学生にとって好都合な秋入学を同時に実現しています。素晴らしいですね。このように、制度的に9月入学になってもならなくても、各学校でやろうと思えばやれることはたくさんあるし、やれることをやるのが経営者だと思います。

9月入学をやるなら今
――9月入学をやるなら今しかないと考える理由は何でしょうか。

9月入学について「反対ではないけれど、このコロナ危機の状況下でやるものではない」という意見があります。しかし、反対でないのなら、では「いつするのか」という疑問に対して、彼らは「拙速な議論はやめよ」としか言いません。

5年かけて進められてきた高大接続・大学入試改革は「拙速な改革」と批判され、当初掲げられた理念の多くはその原型をとどめておらず、大学入学共通テストの英語民間試験の活用や記述式問題の出題は、土壇場での高校現場からの反対で止まってしまいました。「拙速な議論」がいいはずはありません。しかし、一体どれだけの時間をかければ「拙速な議論」ではなくなるのでしょうか。

私は、9月入学を実行するのであれば、タイミングは2021年9月しかないのでは、と考えています。ここでできないなら、これから縮小していく日本社会を見据えて、日本は金輪際、この課題に国策として取り組む体力はないだろうと思います。東京大学が試みた秋入学は、高校の教育課程や大学入試を変えることなく、大学だけで控えめに行おうとしましたが、しかしそれでも挫折したことも思い浮かべ、このテーマについて国家レベル・国民レベルで日本社会・教育の未来を検討する、おそらく最初で最後の機会だろうと思います。しっかり議論してほしいと期待します。

第2波に備えた組織マネジメントを
――学校現場では、9月入学にすることで、遅れた分の学習や今後の教育課程に余裕が持てるという意見も多いです。

議論のきっかけは学習の遅れのゼロスタートでもいい。しかし、本質的にはあくまでグローバル課題への対応として、このコロナ危機を機会に国の社会・教育システムを再構築するための手段として9月入学を議論すべきです。もしも学習の遅れをゼロスタートにできるという考えだけで9月入学を進めるのであれば、やらない方がいいです。遅れを取り戻す方法は、他にいくらでもあるからです。9月入学の導入は、そんな単純なものではないのです。

緊急事態宣言が解除され、学校が再開していっても、これまでと全く同じ教育活動には戻らないだろうと思います。戻ろうとしない、あるいは新たな取り組みを次々と打ち出してくる学校や取り組みが、国際的に必ず出てきます。そして、それを気にしないではいられない状況が出てきます。これがグローバル社会なのです。

小学校では今年度から新学習指導要領が全面実施となりましたが、感染防止対策を考えれば、教室でアクティブラーニングを展開することは難しいかもしれません。それでも、オンライン授業を含めて、やれることをやっていくことになるでしょう。今はまだオンライン授業も目標に準拠した形とは程遠いような模索段階ですが、そのうち、目標に基づいた授業をデザインする視点が生まれるはずです。そうなったときの評価は、やはり、学習指導要領に基づくものでないといけないと思います。

私は今、中学校や高校、大学の教員らとオンラインで「教育コロナ会議」を定期的に開いているのですが、その中で私が紹介した京都府南丹市立園部中学校では、教員が課題プリントを各家庭に定期的に届けるというアナログな方法ながら、休校中、生徒の学びを止めることはありませんでした。それが実現できた背景には、以前から校長の力強いリーダーシップの下、教員が一丸となって子供たちの学びを促す組織マネジメントが働いていたからです。

学びが止まった学校の多くは、校長や幹部教員がリーダーシップを取らなかったからであり、コロナ危機が来る以前に一般教員をまとめる組織マネジメントをしてこなかったからであると私は見ています。そして「教育委員会や政府が指示を出さないからだ」と上のせいにする。これでは、予測困難な社会に立ち向かっていく教育や学びなど実現するはずがありません。子供たちがかわいそうになります。

学校は、今回の失敗や経験を生かして、第2波が襲ってきても、子供の学びを止めない教育体制を夏までの間に構築すべきです。そのポイントの第一は、学校の校長や幹部教員のリーダーシップと組織マネジメントです。一般教員のボトムからの声や実践も大いに取り入れて、みんなが参加する学校マネジメントを確立してほしいと思います。

【プロフィール】

溝上慎一(みぞかみ・しんいち) 桐蔭学園理事長、桐蔭横浜大学学長・教授。京都大学教授を経て、2018年に桐蔭学園へ異動。19年に理事長、20年より現職。心理学における自己・アイデンティティー形成、分権的自己観、現代青年期論、教育学における学びと成長、学校から仕事・社会へのトランジション、アクティブラーニング、キャリア形成を専門とし、全国各地の教育機関と連携し、ALをはじめとする実践研究に携わる。著書に『アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換』(東信堂)、『高大接続の本質』(責任編集、学事出版)など。

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