スクールバス襲撃事件から1年 今こそ問われる学校安全

川崎市多摩区で私立カリタス小学校のスクールバスを待っていた児童と保護者が刃物を持った男に襲い掛かられ、犠牲となった事件から5月28日で1年を迎える。この1年で学校安全はどう変わったのか。学校安全の専門家は、コロナ危機の影響で学校の防犯意識が薄れていると危惧する。


事件から1年、心の傷は癒えないまま
事件のあった現場では、1年がたった今も花束がささげられていた

事件は5月28日朝、通勤ラッシュが始まった小田急・JR登戸駅から歩いて5分ほどの歩道上に設けられた、カリタス小学校のスクールバス乗り場で起きた。バスを待っていた児童やその保護者らの集団の背後から、包丁を持った男が突如襲撃。犯人は次々と児童や保護者を切りつけた後、自ら首を切って自殺した。襲撃から犯人の自殺まで、一瞬の出来事だった。この事件によって、当時小学6年生だった女子児童と保護者の2人が死亡、18人が負傷した。

事件から1年を前に、5月27日に記者団の取材に応じた同校の倭文覚(しとり・さとる)教頭は「どうやって子供たちを登校させようか、どう学校を再開して安全を確保すればいいか。同時に、教師は日々授業しなければならないが、傷ついた子供たちや現場に居合わせた子供たちと、そうでなかった子供たちが同じクラスの中にいて、どうやって授業を進めていくか。教師の思いも大変なものがあった」と振り返った。

同小では、事件を受けてスクールバスの運行体制を抜本的に見直し、登戸駅だけでなく隣の小田急向ヶ丘遊園駅からもスクールバスを運行。スクールバスを見るだけで恐怖心を抱く児童もいたことから、川崎市営バスもチャーターした。登校時には、学年によって乗車する電車を変えるなど、できるだけ児童を分散させるようにするとともに、バスが来るまでの間、児童らを駅の改札口の近くで待たせるようにし、バス乗り場付近で長蛇の列ができないようにした。児童の登下校の見守りには、警備員や教員だけでなく、保護者らも協力している。

倭文教頭によると、事件の影響で今も学校に行けない児童や、学年に関係なく「眠れない」「背後が怖い」「暗い場所に一人でいられない」などの症状を訴える児童がいるという。同校では事件後、スクールカウンセラーを増員し、複数態勢で児童の心のケアに当たれるようにしたほか、死別などの深い心の悲しみに寄り添い、回復をサポートするグリーフケアの専門家や、児童、保護者のPTSD(心的外傷後ストレス障害)に対応する臨床心理士の支援を仰いでいる。

犠牲者を忘れない「祈りの花束」

犠牲となった小学6年生の女子児童が所属していたクラスでは、毎日行われる出席確認で担任がその児童の名前を呼ぶと、クラス全員が返事をしたり、その児童が1年生から取り組んできた同校の「総合教育」の成果を砂絵で表現し、学習発表会で展示したりしたという。新型コロナウイルスの影響で6年生だけで開催された卒業式では、遺族も出席する中、児童の名前が読み上げられると、クラス全員で返事をし、一緒に卒業を迎えた。

カリタス学園ではこの5月28日に、教職員70人が参加して追悼ミサを開く。その様子はYouTubeで同学園の児童生徒や保護者にも同時配信され、全校児童がメッセージや絵を寄せた「祈りの花束」が祭壇に届けられる。

倭文教頭は「この2人のことを学園として忘れないという思いでミサを行う。これからずっと2人のことを忘れずにいるんだという1年目の追悼ミサとして、明日を迎えようと思う。2人の家族にとって忘れられることが一番悲しいことだ」と語り、学園として事件と向き合っていく決意を誓った。

通学路の子供の安全は誰がどうやって守るのか

この日本中を震撼させた事件によって、2001年に大阪教育大学附属池田小学校で起きた「池田小事件」以降、学校安全の在り方が社会的にクローズアップされることとなった。池田小事件では校内への不審者侵入が問題となったのに対し、今回の事件は登下校中の通学路での子供の安全確保が課題となった。川崎スクールバス襲撃事件を受けて文科省は、学校安全対策の強化として今年度、スクールガード・リーダーの大幅増員などの予算を拡充し、学校と警察、地域の連携による登下校時の安全確保を進めている。

通学路の安全についての役割分担を明確にすべきだと指摘する宮田理事長(昨年6月撮影)

しかし、「日本こどもの安全教育総合研究所」の宮田美恵子理事長は「単にスクールガードを増やすのではなく、誰もが分かる制服を着用してパトロールするなどの『見せる防犯』が犯罪抑止には効果的だが、こうした対策は進んでいない」と指摘。「通学路の安全を守る責任は誰にあるのか。結論があいまいなまま見守り強化でお茶を濁している。学校と地域、警察で無理のない役割分担を確立させるべきだ」と話す。

また、地域によっては防犯ボランティアの担い手の確保すらもままならない状況がある。防犯教育が専門の木宮敬信・常葉大学教授は、こうした地域の防犯人材不足を最新技術でカバーする必要性を強調する。

同教授は「例えば、人工知能を活用して防犯カメラの映像から不審人物を把握したり、小型カメラが内蔵された防犯ブザーが開発されたりすれば、地域の見守りの担い手不足を補うことができる。特に、地域連携が難しく、通学区域も広い私立学校では、こうした最新技術による安全対策が今後進むのではないか」とみる。

宮田理事長も木宮教授も、この1年で学校の防犯意識は高まっているが課題もあると感じている。ちょうどある学校を訪問した際、不審者情報が入ってくる瞬間に立ち会ったという宮田理事長は「刃物を持った男が地域に出たという情報が入ると、すぐに施錠が行われるなど、指示系統もスムーズだった。ただ、施錠後、校内にいる子供たちをどうやって家まで送り届ければいいか、はたと困っていた」と振り返る。

木宮教授は「事件以降、学校で警察が防犯教室を開き、不審者が出たらランドセルを捨てて逃げるといった体験型の防犯教育を行う学校は増えた。ただ、教員が最新の防犯に対する知識を学ぶ機会は少なく、どうしても外部に依頼せざるを得なくなり、一過性のイベントで終わってしまっている面もある」と話す。さらに「大きな事件が起きるとどうしても性悪説に立った指導が行われてしまう。安全教育と言いながら危険教育に陥ってしまい、子供をおどすだけになってしまう。本来は、どうしたら安全で安心に暮らせる社会を築けるかまで考える安全教育が学校には求められているはずだ」と苦言を呈した。

コロナ危機は新しい学校安全への転機となるか

新型コロナウイルスは学校安全にも影響を及ぼしている。

宮田理事長は「分散登校で下校時間がばらばらになれば、地域の目も行き届きにくくなる。隙ができたときに犯罪は起こる。警察に通学路のパトロールを強化してもらうなど、学校は防犯体制にも目を向けるべきだ」と述べ、コロナ危機で社会が不安定になり、弱者である子供に矛先が向かいやすくなることに警鐘を鳴らす。

感染症対策だけでなく防犯も含めた学校の危機管理の総点検を求める木宮教授(Zoomで撮影)

木宮教授は今回のコロナ危機を受けて、学校安全計画や危機管理マニュアルを見直すべきだと提言する。木宮教授は「新型コロナウイルスによる休校がなければ、4月から学校安全の新しい取り組みが行われていたかもしれないが、うやむやになってしまった感はある。学校再開に向けて感染症対策にウエイトが置かれがちだが、登下校の防犯や交通安全も考えてもらいたい」とし、新型コロナウイルスの感染防止対策だけでなく、登下校時の防犯体制なども含めたあらゆるリスクを想定に加え、総点検する必要性を指摘する。

一方で、新型コロナウイルスによるライフスタイルの変化は、新しい学校安全の方法につながる可能性もある。例えば、保護者の在宅勤務が一般的になれば、登下校時の見守りや学校への送迎に保護者が参加、協力しやすくなり、地域の防犯の担い手不足を解消する打開策となるかもしれない。

「これまで地域ぐるみと言っても実際は一部の人しか関わっていなかった。これからは社会ぐるみで、システムとして子供の安全を考えていかなければいけない。保護者が子供を守れるように、家庭の力を高め、サポートしなければいけない」と宮田理事長。

木宮教授は「社会構造が大きく変化していく今、これまでとは抜本的に違った形での子供の見守りを考えていく時期に来ている。コロナの影響で学校が大変であることは多くの人の共通認識となっている。地域や保護者といった大人が学校を助けていく動きにつながれば」と今後の議論に期待を寄せる。

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