アバターでVR授業 Vチューバー教師の実践例を聞く

岡山県立瀬戸高校(乙部憲彦校長、生徒440人)の絹田昌代指導教諭はこの秋、生徒や企業、美術館と協力し、バーチャル空間で自らのアバター「シルキィ先生」となって生徒に教える、オンデマンド型の授業動画を作り上げた。新型コロナウイルスによるオンライン授業の普及で自身が動画に登場する「YouTuber教師」が注目される中、さらにその先を行くVR(仮想現実)とアバターを活用した授業はどのようにしてつくられたのか。「Vチューバー教師」の先駆けとなった絹田教諭に、VRを活用した授業の可能性を取材した。


美術館と連携してバーチャル空間でアート思考

シルキィ先生が登場する授業動画

今回制作されたオンデマンド型のオンライン授業は、高校2年生を対象とした国語の古典の発展的な学習として、美術作品への鑑賞を通じて「月」をテーマに生徒が持つ美意識を言語化するというもの。生徒らは少し前の授業で「花は盛りに月は隈なきをのみ見るものかは」で始まる兼好法師の「徒然草」137段を読み取り、「桜や月の美」について絵画を通して表現し、対話によって理解を深める学習活動を行っている。

その続きとなる今回の授業では、アーティストが作品を生み出す際の思考プロセスをビジネスなどに取り入れた「アート思考」を生徒にも体験してもらおうと、美術館に協力を依頼し、実際に収蔵されている作品をバーチャル空間に登場させることにした。

授業動画には、倉敷市の大原美術館に収蔵されているジョアン・ミロの「夜の中の女たち」とギュスターヴ・モロー「雅歌」を、岡山市立オリエント美術館からはメソポタミア時代のかに座が描かれた壺を、愛知県美術館からは浦上玉堂の「酔雲醒月図」がそれぞれ登場。生徒はその作品の中から一つを選び、気付いたことをメモしながら、30~100字でそれぞれの作品を的確に言い表したタイトルや、その作品からインスピレーションを得たストーリーをつくる活動に取り組んだ。

絹田教諭は「ただ美術作品を映すだけでは面白くない。バーチャル空間の中で、まるで美術館にいるかのような世界観を出したかったので、シルキィ先生の発声でもゆったり話すことを意識した。生徒には人生の軸として美意識を大切にしてほしいと以前から思っていた。美しさをどう捉えるかは人と違っているから面白い。自分の中にある美への意識を言語化してみようというのが授業の狙いだ」と説明する。

きっかけは生徒の探究学習

Vチューバ―を体験した絹田昌代教諭(絹田教諭提供)

そもそも絹田教諭がVチューバー教師になったのは、絹田教諭が指導する同校3年生の真壁奈々葉さんの探究学習に端を発している。小学校の教員を志望している真壁さんは、新型コロナウイルス感染症による休校中に「小学生があっと驚くようなオンライン授業を考えたい」と目標を立て、学校外でさまざまな人とつながりながら、ユニークな授業案をいくつも生み出していた。

その一つに、実際に同校にある四方を白い壁に囲まれた教室を活用し、スクリーンに特定の場所の風景を映し出して「まるでその場にいるかのような体験ができる授業をする」というアイデアがあった。アイデアそのものは良かったものの、技術的な問題も多く、なかなか前に進まなかった。そんなとき、絹田教諭はVRキャラクターの制作を行う地元企業、Loopの服部徹社長と以前に名刺交換したことをふと思い出した。そこで「VRならばアイデアを実現できるのではないか」と真壁さんに提案。真壁さんが電話で相談したところ、「面白そう」と二つ返事で協力してくれることになった。

「もしかしたら実際に少しだけ体験させてもらえるかも」と指導案をかばんに忍ばせた絹田教諭が、真壁さんらと共にオフィスに出向くと、同社ではすでにシルキィ先生のアバターを用意して待っていてくれた。

大きな瞳が印象的で、苗字にちなんだシルクをイメージした衣装を身にまとったシルキィ先生を見て「かわいい」と一目で気に入った絹田教諭は、早速動きのデータを取り込むモーションキャプチャーに挑戦。シルキィ先生は予想以上に表情が豊かで、スムーズに動くことが分かった。実際の授業動画の中では、絹田教諭のクラシックバレエの経験を生かし、踊っているシルキィ先生を見ることもできる。

同校では現在、同社と連携してキャラクターデザインから声優まで、全て生徒が手掛けるVチューバーのアバターを制作中で、完成後は同校の魅力を紹介するVチューバーのキャラクターとして活躍する予定だという。

リアルとVR 対極的な授業できる

シルキィ先生は生徒からも大好評。先日開かれた同校の学校説明会でも、シルキィ先生の動画は見学に訪れた中学生をくぎ付けにした。中には「シルキィ先生になっているリアルな先生はどんな先生なんですか」と、シルキィ先生の正体を知らずに絹田教諭に話しかけてきた生徒もいたという。「シルキィ先生が学校説明会で中学生向けに本校のキャリア教育について解説するような試みもやってみたい」と、絹田教諭は現在、シルキィ先生の戦略的活用に向けて構想を膨らませている。

生徒が取り組む探究学習で、いわば「実験台」になる形でVチューバーの授業に挑戦した絹田教諭は、授業でのVRの可能性をどう実感しているのだろうか。

絹田教諭は「普段の授業では進度が気になってどうしてもせかせかしてしまうが、バーチャル空間でキャラクターとしてゆったりした授業をしてみて、新鮮な気持ちだった。これまで全員が同じ時間、同じ教室で受けていたリアルな授業から、一人一人が異なる時間や空間で授業を受けることを通じて、生徒たちはそれぞれ個性のあるバラバラなものをつくり出していく。いつもの授業の対極的なことができるVRには、いろいろな可能性がある」と強調した。

※Vチューバー コンピューターグラフィックスで制作されたキャラクター、アバターを使ってYouTubeなどに動画投稿を行う人をバーチャルYouTuberと呼ぶ。Vチューバーはその略称、あるいはその文化を指す。

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