ポストコロナ時代の研究 「社会貢献への昇華」目指す

生徒たちが中学1年生から第一線の研究に触れ、学会発表までこなす広尾学園中学校・高校(南風原朝和校長、生徒1689人)の医進・サイエンスコース。設立から10年がたち、またコロナ禍という環境も加わって、同コースの木村健太統括長は新たな研究のフェーズを模索しつつあるという。木村統括長は、ポストコロナ時代の研究の方向性として「社会とのつながり」を挙げ、学術への貢献だけでなく、起業にもつなげたいと話す。


いきなり「ハンバーガーを食べちゃう」

広尾学園中学・高校、医進・サイエンスコースの木村健太統括長

「プラナリアにおける幹細胞ニッチ関連遺伝子の機能解析」「SIRモデルを用いたデング熱の流行過程の再現及び介入方法の考察」――。広尾学園中学・高校の校舎に足を踏み入れると、大学や研究所と見まがうような研究発表のポスターが掲示されている。廊下の本棚には専門的なサイエンス雑誌が並び、生徒たちがすぐ手に取れる環境が作られている。

かつて生徒数の激減に見舞われた女子校が、2007年の共学化を皮切りに、改革に向けて大きく舵を切った――という経緯を持つ広尾学園。医進・サイエンスコースは11年に設置され、授業だけでなく、研究活動や中高大・産学連携を軸としたカリキュラムが特色だ。

木村統括長は自身も、大学院で筋ジストロフィーの遺伝子治療を研究した経歴を持つ。研究を通して科学の楽しさに目覚めたといい、「学ぶとはこんなに楽しいことなんだ、ということを子供たちと考えてみたい」という思いから、教育の世界に飛び込んだ。

「この10年、あらゆる学力層の子たちを見てきて気付いたのは、『このくらいの学力の子なら、(できることは)ここまでだ』と、可能性を制限してしまっていたのではないか」ということ。ただ実際は、トップの研究者しかできないと思われている研究を、中学生がやったってかまわない」と木村統括長は強調する。

生徒たちが学問の楽しさを味わい、主体的に学ぶために木村統括長が重視しているのは、単元の積み上げではなく、いきなり最先端の学問に触れることだ。

「これまで日本の教育は積み上げ式で、基礎、応用、活用と順番に進むことが多かった。おいしいハンバーガーを作りたかったはずなのに、まず今日はレタスを作ろう、チーズを作ろう、などと、やたら各論だけを詳しく学ぶ。これでは、生徒にとってつまらないものになってしまう」と木村統括長は話す。

「それなら、まずハンバーガーを食べちゃう。そうすると、生徒によって感じ方が違う。レタスのシャキシャキ感がおいしいと思えば、レタスのことを調べる。チーズのコクが気に入ればそれを調べたくなる。そこからいろいろと要素を分解していき、生徒たちが興味を持てるようにしていく」

そこでは適切なタイミングで、適切な教材を提示できるかどうかが教員の腕の見せ所になる。自分の興味をテーマに落とし込んでいくための観点を、生徒は複数の教員とディスカッションしながら見つけていく。

「教員が教えるのは、情報収集法、信憑(ぴょう)性、ツール、視点、考え方。生物の論文を探すなら(米国立生物科学情報センターが提供する)PubMedという文献データベースがよい、といった方法や、視点、考え方はバンバン教える。ただ、実際にそれを使って調べるのは生徒たちだ」と木村統括長は説明する。

「社会で求められていること」が研究の条件

同校のエレベーターホールに貼られた、生徒たちによるポスター発表

このコロナ禍で木村統括長は、これまで優秀だとされていた子が家庭学習で学びをうまく進められなくなった、逆にあまり意欲的でなかった子がいきいきと主体的に学ぶようになった、という話を耳にしたという。

「優秀でないと言われていた子が、自分のやりたいことを見つけて学びにつなげた例もある。果たして、優秀でないという評価は正しかったのか。コロナ禍をきっかけに、生徒たちの『学びに向かう姿勢』が問われたが、われわれ教員にも問われている。何を大切にして授業をしているか、課題の出し方は適切か、以前と同じことをやっていないか」

コロナ禍という未知の状況で、生徒や保護者、さらには産業界など、教育のさまざまなステークホルダーとつながり議論することや、学びに向かう姿勢を後押しするICT環境の整備が重要になったと指摘する木村統括長。同校の研究活動では今後、社会とのつながりをいっそう強く意識していきたいという。

同校では生徒が研究テーマを決める際、3つの条件を課している。①自分がやりたいこと②社会で求められていること③技術的にできること――の3つだ。①と②だけでは夢だし、①と③だけでは趣味でしかない。②と③だけで①が抜け落ちたものは「大人の事情」でする研究で、中高生がする必要はない。

「大事なのは、自分のやりたいことを社会貢献に昇華させていくステージ。今後は、今まで以上に学会や学術論文で発信していくことや、さらにはアントレプレナーシップ(起業家精神)を育て、自分のアイデアをビジネスの形で実現していくことも目指したい」

すでに監査法人などと連携しつつ、ビジネスコンテストに参加するなどの取り組みを進めているという。「単なる夢のようなアイデアにとどまらず、コストの観点も含め、世の中から見ても『これは行ける』と思ってもらえる仕掛けが必要」と木村統括長は強調する。

「人を幸せにする仕事」を目指す

木村健太統括長(左)と、高校3年生の千田小春アリシアさん。同校のサイエンスラボで

幼いころから自然の中で遊ぶのが好きで、生物や医療に興味があった高校3年生の千田小春アリシアさんは広尾学園中学校に入学した後、再生医療にもつながるプラナリアの再生メカニズムの研究を自身のテーマに決めた。

とはいえ最先端の研究をするなら、まずは先行研究を調べ、理解することから始まる。「研究テーマを定めるのには時間がかかり、右往左往しながらたどり着いた。当初は英語の論文を読むにも単語を一語一語調べるなど、時間がかかった。学術論文の英語では、文法はシンプルだが、専門用語が難しい。今でも辞書を使いながら読んでいる」という。

「生物が暗記科目だと感じたことは一切ない。授業は『なぜこうなるのだろう』と考えながら、講演を聞いているような感覚だ。生物の仕組みが分かってくると、覚えるべき用語なども自然に身についてくる。実際に自分が(研究で)やっていることが試験に出てくるので、試験のために暗記するのではなく、自分のやってきた実験を説明するだけでいい」

実際にプラナリア研究の第一人者に会いに行ったこともある。「自分では気付けなかった指摘をいただいて、プロの研究者だな、と感じて憧れを持った。その時のアドバイスは、その後の研究にも生きた」と千田さんは振り返る。

大学では引き続き、生物や環境に関連した研究をしたいという千田さんだが、「将来目指したいのは、人を幸せにする仕事。そのためには研究をするだけでなく、社会に還元しなければならないと強く感じている」と話す。

木村統括長は「生徒の将来は生徒自身が決めることなので、『こうあってほしい』というものはあまりない。ただ一つだけ言うなら自分だけでなく、みんなの幸せを実現できる人であってほしい。学術でもビジネスでも、方法はいろいろある」と背中を押す。


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