オードリー・タンさん 教育は「世代超えた学びの輪」に

世界中で新型コロナウイルスの感染が広がる中、マスク在庫管理システムを即座に開発したことで脚光を浴びた台湾のデジタル担当相、オードリー・タン(唐鳳)さん。8歳でプログラミングに出合い、14歳で中学校を中退、19歳の時には米シリコンバレーでソフトウエア会社を起業、史上最年少の35歳でデジタル担当相に就任――。自身のこうした異色の経歴から、教育にも強い関心を寄せてきたオードリーさんが、教育新聞のインタビューに答え、教育の未来について語った。「ある世代が次の世代に教える、という学びのモデルは古い」と訴え、世代を超えた「学びの輪」が、社会課題の解決につながると強調した。


未来への変革はすでに始まっている

未来の教育について語ったオードリー・タン(唐鳳)デジタル担当相(Skypeで取材)

台湾では2019年度から、新しいカリキュラムが導入されている。そこでは、小学校から高校までの連続性を重視した12年間の基礎教育により、子供たちの学習意欲を高め、社会の変化が引き起こす課題に取り組む方針が前面に打ち出された。

「21年には新しいカリキュラムのもとで高校に入学した子供たちが高校3年生となり、その先の進路を考える年になります。これから台湾の大学は、変革に向けた甚大なプレッシャーにさらされるでしょう」

オードリーさんがそう話す背景には、台湾で起こっている二つの変化がある。一つは23年、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられること。

「成人には、保護者の同意は不要です。今後、新しいカリキュラムのもとで教育を受けた子供たちは、保護者に何ら口出しされることなく、『大学に行かない』という選択ができるようになるのです」

つまり18歳で大学に入学するという横並びの選択をせず、社会に出て働いてから、必要に応じて学び直しをするといったキャリアパスを、主体的に選ぶことが可能になるという。

「もし大学にPBL(課題解決型学習)を重視したカリキュラムがないのなら、学生は大学など無視して、世の中に出て働き始めればよいし、学術的な知識が必要になったら、また大学に戻ればよい、ということ。大学にとっては大きなプレッシャーです」

その結果、大学で行われる教育内容にも変化が生じるだろうとオードリーさんは話す。「地域のコミュニティーに貢献する授業や、大学の社会的責任を果たすための授業、あるいは大学内でスタートアップを立ち上げるような授業も出てくるかもしれません」

もう一つの変化は、すでに始まりつつある大学同士の連携だ。

「遠隔教育が進みつつある今、例えば3つの別の大学がそれぞれ同じ授業をする必要性はもはや、それほどありません。オンラインで1人の教授を“シェア”すればよいからです。遠隔で行われる授業は当面、実践より知識に重きを置いたものでしょうが、そのうち実践にも広がるでしょう。PBLと大学間連携、これが今の教育のトレンドを語る上でのキーワードです」

2030年、2050年にも、学校はなくならない

Skypeで教育新聞の取材に応じた(画面右。左は教育新聞記者の秦さわみ)

オードリーさんは14歳で中学校を中退し、起業の道へ足を踏み入れた。昨年9月、10代向けオンラインラーニングコミュニティー「Inspire High(インスパイア・ハイ)」のイベントに登壇したオードリーさんは、中退の理由について聞かれ、こう答えている。

「当時の先生には『10年かけて勉強しなければ、最先端の仕事はできない』と言われていましたが、米国で最先端の研究をしている研究者に論文の感想をメールで送ると、すぐ返信をもらえました。インターネットで新しい知識を生み出すのに10年も待っていられないのだと校長先生に説明したら、背中を押してくれました」

将来、オードリーさんのようなキャリアパスを描く子供たちが増えていくとしたら、学校の在り方はどのように変わっていくのだろうか。今回のインタビューでも「中学校をやめたのは、校長先生からいただいた祝福のようなもの」と振り返ったオードリーさんだが、「実は起業して何年かたった後、学位や単位は取得しなかったものの、大学に戻っています」と明かした。

「大学があると、人々のコミュニティー作りや知的な議論に非常に役立ちます。だから、2030年、2050年になっても、学校はなくならないと思うのです。それどころか、学校のような機能を持つ施設が大幅に増えるのではないでしょうか」

台湾では実験教育に関する法律が整備されており、正規の学校教育体制から外れたオルタナティブ・スクールでの教育も盛んに行われている。また、立法府でも教育改革に向けた議論がなされているという。

「例えば、地域の建造物や文化に特化した博物館などが大学や、大学院の学位を授与したいと思えば、現行の大学の制度に合わせることなく、大学と全く同じ学位を授与できるという検証に参加することができます。こうした文化・科学関連の施設が、みな学校や大学と同等になっていくかもしれません。そうなると将来、学校はなくなるどころかいっそう民主化され、人々にとって身近なものになっていくと思います」

オードリーさんはかねてより、学ぶことは「生涯にわたる旅路」だと言い、生涯学び続けることの重要性を指摘している。

「強調したいのは、『世代を超えた連帯』という考え方です。18歳の人が、80歳の人から学ぶことはたくさんあるでしょう。でも、80歳が18歳から学ぶことだってたくさんあります。これが学びの輪になって、知識をシェアする構造が回り始めると、世代間のギャップを生むことなく、社会を前進させる現実的なアイデアが生まれてきます」

さらに「ある世代が次の世代に教えるというのは古いモデル。未来の教育は、世代を超えてともに取り組む、という考え方に基づくものになると思います」と力を込める。

(秦さわみ)

(1月3日午後9時アップ予定の後編に続く)

【プロフィール】

オードリー・タン(Audrey Tang、唐鳳) 台湾デジタル担当政務委員(閣僚)。1981年、台湾台北市生まれ。幼いころからコンピューターに興味を示し、8歳でプログラミングを開始。12歳でプログラミング言語「Perl」を学び始める。14歳で中学校を中退、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。19歳のとき、米シリコンバレーでソフトウエア会社を起業する。2005年、プログラミング言語「Perl6(現Raku)」を開発。同年、トランスジェンダーであることを公表し、女性への性別移行を開始する。14年、米アップル社でデジタル顧問に就任、Siriなど高レベルの人工知能プロジェクトに加わる。16年10月より蔡英文政権において、史上最年少の35歳で行政院(内閣)に入閣。無任所閣僚の政務委員(デジタル担当)に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担っている。19年、米外交専門誌『フォーリンポリシー』のグローバル思想家100人に選出。20年、コロナ禍においてマスク在庫管理システムを構築、台湾での感染拡大防止に大きな貢献を果たす。

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