オードリー・タンさん、日本の教師に声援 「完璧でなくていい」

台湾でデジタル担当相として、行政や政治のデジタル化を担うオードリー・タン(唐鳳)さん。インタビュー前編では、未来の教育について「世代を超えてともに取り組む、という考え方に基づくものになる」と指摘した。後編では、そうした時代に求められる教師の資質や、日本の教師へのメッセージを聞いた。


キーワードは「自律」「相互作用」「共通善」

将来、教師に求められる資質について語るオードリー・タン(唐鳳)デジタル担当相(Skypeで取材)

教育の姿が変わっていく中で、教師はどのような存在になっていくのだろうか。オードリーさんは、台湾の新しいカリキュラムが重視している「自律」「相互作用」「共通善」の3つのキーワードを挙げる。

「これは生涯を通じた学びにも当てはまるもので、子供たちだけでなく、教師にも必要なもの。学びの輪の中にいる者にとって、この3つの原則はとても大切です」

オードリーさんがまず挙げた「自律」とは、「課題をとらえる際に、標準的な答えを暗記するのではなく、その課題に自分ならどうアプローチするか、という自分なりの提案を考えること」。次に「相互作用」とは、「私たちはそれぞれがパズルの1ピースでしかなくて、文化や年齢、場所の壁を超えて、ともに課題解決に取り組む必要がある、と理解すること」だという。

そして「共通善」については「自分以外のパズルのピース、つまり他者は、あなたが使う道具ではなく、それぞれに立場がある。そのことを理解しながら共感や、共通の価値を作り上げる必要があります」と説明する。「そうでないと、その取り組みはサステナブル(持続的)なものとは呼べません。単なる搾取になってしまいます」

こうした3つの資質は、教師にこそ大切になるという。

「具体的に何か提案するとすれば、持続可能な開発目標(SDGs)の17のゴールから、サステナビリティーに関する価値について考えてみるのがよいと思います。私はこのゴールを全部覚えていますし、自分が人々と行う“相互作用”と“共通善”の軌を一にするためにも役立ちます」

持続可能な開発目標(SDGs)とは、2015年の国連サミットで採択された、30年までに持続可能でより良い世界を目指すための目標のこと。「誰一人取り残さない」という考え方をベースに、「質の高い教育をみんなに」「貧困をなくそう」「気候変動に具体的な対策を」といった17のゴールを定めている。

教員自身にもよりよいケアを

SDGsの17のゴールの中には、「人や国の不平等をなくそう」というものもある。オードリーさんは著書の中で、台湾では都市と地方の教育格差を是正するため、5G(第5世代移動通信システム)の導入を都市ではなく地方から進めていることや、都市部の学生が地方の教員をサポートする『デジタル学習パートナー』という制度を導入したことを紹介している。

ただ、格差の是正において重視しているのは、最新技術だけではないという。

「5G技術を使って学ぶ権利を守ることは、もちろん重要です。しかしもう一つ、健康に暮らす権利を守ることも必要です。それがなければ、地方で教育改革をしようとしてもおそらく長くはとどまれないですし、親世代、祖父母世代も出ていってしまいます」

その理由についてオードリーさんは、地域で教員が担う役割を指摘する。

「ある地方で教育を改革しようとすれば、地域の人々との信頼関係を築くのに5年はかかります。地域によっては問題のある家庭もあり、時には教師が家庭の機能を少し肩代わりして、子供たちを支えることが必要になることもあります」。

つまり、教員がケアワーカーのような役割を担わなければならない場面もあるということだ。

「そのために教員が専門的なトレーニングを受けることはもちろん、教員自身や家族にも、よりよいケアが必要です。それがなければ、地域の子供たちをケアする役割を本当に感じ取ることは決してできないでしょう。私たちが台湾で5Gを使って行おうとしているのは、地方が都市よりも先に進むこと。そこでは学ぶ権利だけでなく、健康に暮らす権利も等しく大切にしています」

「完璧であらねば」というプレッシャーは忘れる

Skypeで教育新聞の取材に応じた(画面右。左は教育新聞編集部長の小木曽浩介)

教育格差だけではない。子供たちの多様化、いじめや不登校、教員の多忙化――。日本でも、教育をめぐる社会課題は数多い。こうした課題の解決に向けて取り組もうとする時、「ソーシャル・イノベーションへの鍵は、『完璧な解決策を持っている人はいない』と理解することです」と、オードリーさんは訴える。

「学術界では、『Publish or perish(発表せよ、さもなくば滅びよ)』『Release early, release often(早めにリリース、頻繁にリリース)』などと言うこともありますが、私が特に伝えたいのは社会課題に取り組むとき、完璧であらねばならないというプレッシャーは忘れて、ともに支え合える同僚たちとの学びのコミュニティーで、良い経験も悪い経験もすぐに共有してほしい、ということです」

オードリーさんには好きな言葉があるという。カナダのシンガーソングライターで詩人でもあるレナード・コーエンの詞で、日本の教員たちにもこの言葉を贈りたいと話す。

「“鐘を鳴らせ、まだ鳴る鐘を。完璧なものを与えようとするな。すべてのものには割れ目がある、そうして光が差し込む”。これが、私からのメッセージです」

インタビューの最後に、日本の子供たちとイベントやシンポジウムなどで意見交換をしたこともあるオードリーさんに、日本の子供たちの印象を聞いた。

「日本の子供たちはとても柔軟なマインドを持っていますね。本当に優れた、本質的な質問をしてきます。台湾の子供たちと同じく、通例のやり方、古いやり方にとらわれていません。社会課題に対して、イノベーティブ(革新的)なアイデアを出してくるでしょうね。教員のみなさんにはイノベーター仲間として、彼らと協働してほしいと思います」

(秦さわみ)

【プロフィール】

オードリー・タン(Audrey Tang、唐鳳) 台湾デジタル担当政務委員(閣僚)。1981年、台湾台北市生まれ。幼いころからコンピュータに興味を示し、8歳でプログラミングを開始。12歳でプログラミング言語「Perl」を学び始める。14歳で中学校を中退、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。19歳のとき、米シリコンバレーでソフトウエア会社を起業する。2005年、プログラミング言語「Perl6(現Raku)」を開発。同年、トランスジェンダーであることを公表し、女性への性別移行を開始する。14年、米アップル社でデジタル顧問に就任、Siriなど高レベルの人工知能プロジェクトに加わる。16年10月より蔡英文政権において、史上最年少の35歳で行政院(内閣)に入閣。無任所閣僚の政務委員(デジタル担当)に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担っている。19年、米外交専門誌『フォーリンポリシー』のグローバル思想家100人に選出。20年、コロナ禍においてマスク在庫管理システムを構築、台湾での感染拡大防止に大きな貢献を果たす。

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