堀田龍也教授に聞く 学校教育のニューノーマル(前編)

年が明けても新型コロナウイルスの脅威が続いている。学校もまた、いつ休校になってもおかしくないような状況で、学びを止めないためにはICT環境の整備が喫緊の課題となる。教育の情報化が専門で、中教審の委員なども務める堀田龍也東北大学大学院情報科学研究科人間社会情報科学専攻・教授に、GIGAスクール構想によって実現する1人1台環境で、学校や教師は何をすべきかを聞いた(全2回)。前編では、1人1台環境が実現した2021年の授業の在り方に焦点を当てる。


日本は圧倒的に情報の基本的な知識が欠けている
――昨年はコロナ禍で学びの保障が課題となり、学校のICT環境整備が進展しました。改めて振り返っていかがですか。
堀田教授はコロナ禍でも学校のマインドセットが変わらなかった状況に警鐘を鳴らす

2020年は日本の教育の情報化にとって、盤上のオセロが全てひっくり返ったような年でした。

日本の教育の情報化の遅れに対する警鐘は、これまでもありました。OECD(経済協力開発機構)が2018年に行ったPISA(生徒の学習到達度調査)で、日本の子供たちは参加国・地域の中で最も、ICTを使って勉強していないことが明らかになりました。一方、SNSは日常的に使っているという状況が明らかとなり、メディアでも騒がれましたが、そもそもずっと前からそうした状況は続いていました。

子供がSNSで犯罪に巻き込まれたり、炎上したりしてしまう事例を見ていると、悪意があった場合だけでなく「みんなを助けよう」と思っていたケースも多いのです。善意で拡散した結果、それが間違った情報であったり、違法行為だったり、個人情報の流出につながったりしている。つまり、日本の子供たちは情報の仕組みに関する基本的な知識が圧倒的に欠けたまま、SNSを使っているのです。なぜそんな状況になっているかと言えば、やはり学校で情報教育をしっかりしてこなかったからです。そのツケが今、回ってきているのだと思います。

もっと普段の授業でICTを使いながら、危険性や仕組みなども学ぶべきです。それなのに、学校現場では今でもまだ、スマートフォンの持ち込みの是非を議論しているような段階です。

学校のICT環境の整備も同じです。国ではこれまで、地方財政措置として単年度当たり1805億円の予算を確保してはきましたが、実際にその予算を使って整備するのは地方自治体です。その結果、自治体間でICT環境の差が開き、これ以上開けば住んでいる地域によって子供が受けられる教育に格差が生じてしまいかねない状況でした。

GIGAスクール構想は、そうした格差拡大が看過できなくなり、国が動き出さざるを得なかったと見ることもできます。新学習指導要領の全面実施などを踏まえれば、本来はあと2年早く実現しておくべき政策でした。そうすれば、このコロナ禍でもかなりのことができたと思います。

変わろうとしない教師のマインドセット
――GIGAスクール構想の前倒しによって、オンライン授業などの取り組みは進むでしょうか。

文科省の調査によると、コロナ禍でオンライン授業ができた自治体は、小学校の8%、中学校の10%程度です。しかもこれは、自治体を対象とした調査なので、オンライン授業ができた学校の実数はもっと低いのではないかと見ています。

これだけスマホやインターネットの利用が進んでいる日本で、これだけしかオンライン授業ができなかったという事実は、国民にしてみれば学校に対する失望以外の何物でもありません。休校中、多くの学校では、課題をプリントアウトして、保護者に取りに来てもらったり、教師が各家庭に届けたりしていました。この様子を保護者だけでなく多くの国民が目の当たりにし、学校のICT環境の脆弱(ぜいじゃく)さが表に出たのです。

ICTが比較的整備されていた学校でも、端末のない子供に貸そうとする段階で、強固なフィルタリングが邪魔をしたり、「学校の備品をなくしたらどうするのか」との議論が起きたりしていました。さらに、教師の中にはオンライン授業の準備を進めていた人もいましたが、特定の教師や学校だけが行うのは不公平だと管理職や教育委員会からストップがかかるケースもありました。学校には依然として横並びの悪平等が残っていますが、そんなことで、何が起こるか分からない時代を生きていく子供を育てられるのかと思います。

このように、2020年はコロナ禍によって学校の情報化の大幅な遅れが可視化された1年であり、危機を前に変わろうとしない教師や学校のマインドセットが露呈した1年でもありました。

授業観のパラダイムシフトが起こる
――21年もまだコロナ禍は続きます。教師や学校はマインドセットをどう変えればいいのでしょうか。
1人1台環境の実現で、学校に授業観のパラダイムシフトがもたらされると話す堀田教授

整備された端末を学校現場がどう使うかが試される1年になることは間違いありません。最初は口の中に砂が入ったような違和感があるかもしれませんが、使い続ければ操作にはすぐに慣れるでしょう。

問題は、どう使うか。インターネットに接続していれば、いつでも必要な情報にアクセスできるようになります。そんな環境があるにもかかわらず、教師が情報を小出しにして授業の進度をコントロールし、子供はその順番に記録していくだけというような授業からは、もはや変わらざるを得なくなります。

教科書も変わります。ウィキペディアやさまざまなサイトの情報を当たる中で、子供たちがしっかり理解するためには、発達段階に応じて質が保障されたコンテンツが必要不可欠になります。つまり、それが学習者用デジタル教科書なのです。

私は、熱心な教師なら1学期のうちに情報端末を活用した授業には慣れてしまうと見ています。そして、2学期からは端末を持ち帰らせて宿題をやらせたり、授業のやり方を変えていったりするでしょう。

先日、すでにGIGAスクールの環境になっているある小学校の先生に「先生よりもコンピューターのスキルが高い子はクラスに何人いますか?」と聞いたら、ちょっと考えてから「全員ですね」と返ってきました。さらに「その状況は怖くないですか?」と聞くと、「最初は怖かったけど、今では子供たちに助けられています」とのことでした。

私も小学校の教師をしていたことがありますが、よく考えてみたら、習字や水泳、ピアノなどは私よりも上手な子供がクラスにいて、その子たちに模範をやってもらって授業が成り立っていました。

プログラミングやICTのスキルだって同じだと思います。自分よりもできる子供がいて当たり前で、その子たちに助けてもらえばいいのです。教師がすべきことは、その日の授業でどのような活動をするのかをクラスで共有させたり、個々の子供たちの学びの状況を見ながら、適切な声掛けをしたりすることです。

私は、先生が教えるべきことは教えればいいと思うし、それだけでなくインターネット上のさまざまな情報もどんどん見ればいいと思います。これからの授業は、間違いなくそういう混沌とした状態が生まれることでしょう。そういう授業観のパラダイムシフトが起こり、授業を変えなければいけないかと迫られる1年間が、2021年なのです。

【プロフィール】

堀田龍也(ほりた・たつや) 東北大学大学院情報科学研究科人間社会情報科学専攻・教授。専門は教育工学、情報教育・メディア教育。中教審委員、文科省「デジタル教科書」の位置付けに関する検討会議座長などを務める。

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