堀田龍也教授に聞く 学校教育のニューノーマル(後編)

GIGAスクール構想の前倒しによって、2021年度からは1人1台環境による授業のパラダイムシフトが起こる――。堀田龍也東北大学大学院情報科学研究科人間社会情報科学専攻・教授は、学校に訪れる変化をそう予見する。世界トップクラスのICT環境を手に入れる日本の学校には、どのような未来が待っているのか。(全2回)


自治体は端末よりもネットワーク環境の整備を
――GIGAスクール構想で端末の整備は一気に加速しましたが、自治体はやがて訪れる機器更新の予算をどうするか、頭を抱えています。

堀田教授は各家庭で端末を購入する形を目指すべきだと強調する

将来的には、小学校に入学する際にランドセルを買うように、パソコンを各家庭で購入するBYOD(Bring Your Own Device)での整備に変わっていくと思います。家庭によって、WindowsやMacやGoogle Chromeなど、さまざまなOSを選べるようにし、「今日は家で使っているパソコンを持ってきました」ということがあっても構わない、といった形です。

GIGAスクール構想によって、今は同じ機種が貸与されているわけですが、自治体は端末を整備するだけでなく、どの端末からでも、IDで認証すれば同じサービスが使えるクラウドベースのネットワーク環境を整備する必要があります。もちろん、大容量の高速ネット環境にしておかないと、せっかく端末があっても、YouTubeも見られないような状態では目も当てられません。GIGAスクール構想で1人に1台の端末が入るのは確かに見栄えがいいですが、水道や電気のように、いつでもどこからでも同じクラウドサービスをストレスなく受けられるように、最低限のインフラを整える。これこそが、令和の時代の教育環境のあるべき姿です。

そういう状態になって初めて、学習者用デジタル教科書の本格活用も視野に入ってきます。夏休みには家庭に端末を持ち帰って課題をやるようになるなど、いろいろなチャレンジも生まれるでしょう。そうやって試行錯誤をしながら、新しい学びの落としどころが見えてくるのではないでしょうか。

――課題となっている日本の情報教育も大きく変わるでしょうか。

大学入学共通テストでは2025年から、新たに「情報」を加えることが検討されています。小学校から高校まで、子供たちが情報についてしっかり学び、大学入試で問われるようになる。これは非常に大きな意味を持っています。

私は仕事柄、多くの官僚とも話をしますが、コンピューターサイエンスの知識を十分に持っている人はごくわずかです。日本を支える人材であっても、情報について勉強する機会がないまま大人になっている。これは、日本の経済や国力にとって、致命傷になりかねない問題です。

少なくともこれからは、ネットワークがダウンしたらどういう社会問題になるか、ダウンする理由にはどんなものが考えられるか、それが経済にどう影響を与えるか、個人情報の漏えいはなぜ起きるのかなど、技術も含めた情報社会の仕組みを日本人全体が自分事としてもっと理解しなければいけません。

新学習指導要領によって小中高の情報教育は充実しました。その延長線上で、情報が大学入試で問われるようになれば、初年次教育を含めた大学の情報教育のレベルはもちろん、国民の情報リテラシーも向上するはずです。

教育データの標準化が課題に
――GIGAスクールのその先には、どんな課題があるのでしょうか。

GIGAスクール後の教育の情報化について展望を語る堀田教授

ICTを活用することによって蓄積されていく膨大なデータを、どう活用するかが課題になるでしょう。子供たちの学びの足跡や継続性を担保するために、あるいは彼らの努力を可視化するために、どう利用すればいいのかを真剣に考えなければいけません。今後は、そういったツールをサービスとして提供する動きも活発になるでしょう。

今、文科省でも教育データの利活用に向けた議論が進んでいますが、まだ絵空事の範囲を出ていません。なぜかと言えば、そもそも学習ログを取れるかどうかは自治体の問題だし、デジタル教科書などの学習コンテンツの形式もまだばらばらな状態だからです。まずはデータの形式をある程度標準化し、異なるコンテンツでも同じダッシュボードから閲覧できるようにしないといけません。

欲を言えば、インタフェースもそんなに違わないようにしたいものです。自動車は車種が違ってもアクセルやブレーキの位置はだいたい同じで、1時間も運転していれば感覚がつかめます。それと同じで、「Chromebookしか使えない」「iPadしか使えない」という子供を育ててはいけません。機種やサービスが変わっても柔軟に使いこなせる、それが情報活用能力だと思うのです。分からなければ教え合えばいい。教師が一から操作手順を教えて、全員がその操作ができるまで次の操作はしないなんてことは、しなくていいのです。

少し脱線しましたが、教育データを取れるようになれば、教育だけでなく研究面も進展するはずです。

例えば、25メートルを泳げるようになるのは、多くの学校でだいたい小学4年生ぐらいが目安です。それはこれまでの教育現場の知見の蓄積があったから、子供によって多少の差はあっても、小学4年生の目標とするのが妥当だと位置付けられているわけです。同じように、例えばキーボードのタッチタイピングは小学何年生までにどのくらい身に付けておけばいいかといった、これまで明確になっていなかった発達段階ごとに求められる情報活用能力なども分かるようになるでしょう。環境が整ったことで、教育データを活用した研究がより一層求められるようになります。

アウェアネスな学びこそリアルで
――オンラインでできることはたくさんあることが分かったからこそ、逆にリアルな学校の存在意義が問われてくるのではないでしょうか。

コロナ禍で学校の価値を私たちが再認識させられたことは確かです。同時に、オンラインで授業ができると「子供は毎日学校に来るものだ」という当たり前が、そうではないのだということも分かってしまいました。不登校のような概念も、もしかするとそのうち消えてしまうのかもしれません。

では、だからと言ってリアルな学校の授業が不要かと言えば、それは違うと思います。例えば、同じ課題であっても、周りで友達が頑張っていると、自分も頑張ろうと思える。これを「アウェアネス」と呼びますが、そういう感覚はリアルな場でこそ生まれると思います。

一方で、学び方は確実に変わります。私はもっと、多くのコンテンツがオンデマンドになっていくべきだと考えています。オンデマンドなら、必要な講義を何度も見直せるし、自分のペースで学べます。ただ、人間はある程度一定の課題が与えられないと、頑張れないという部分もあります。課題を適切なタイミングで出しながら、子供のやる気を高めつつ、課題を乗り越えさせていくようなカリキュラム・マネジメントが、これからの学校には求められるのだと思います。

また、話し合いや協働学習も、同じ時間・同じ場所に集まるだけでなく、自宅で各々が都合のいい時間にクラウド上にあるファイルを作業するといった、同期と非同期が混在した学びも進んでいくでしょう。それを学校は受け入れなければなりません。

そんな変化の中でも、やっぱりみんなが集まるからこそ学びが進む部分はあると思います。

――例えば、AIドリルが普及すると、教師が取って代わられるのではないかという不安もあります。これからの時代の教師の役割とは何でしょうか。

もしかすると、子供の能力や特性に合わせて個別最適な学びを実現するには、AIドリルの方が向いている場面もあるかもしれません。しかし、中にはAIドリルでは学びにくい子供だっていると思います。そんな子供でも前向きに取り組めるような雰囲気を作ったり、ほめてあげたりするのは、その場にいる教師の役割なのではないでしょうか。ICTを使って多様な学びを保障することが、これからの教師の役割だと思いますし、そういう授業づくりに取り組んでほしいと思います。

【プロフィール】

堀田龍也(ほりた・たつや) 東北大学大学院情報科学研究科人間社会情報科学専攻・教授。専門は教育工学、情報教育・メディア教育。中教審委員、文科省「デジタル教科書」の位置付けに関する検討会議座長などを務める。

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