エビデンスに基づく教育を共有 戸田市教委がクラファン

自治体が教育データを活用して、学びを可視化する時代へ――。最新のテクノロジーの活用をはじめ、産官学と積極的に連携し、教育改革をリードする埼玉県戸田市教委が、新プロジェクトを始動させた。自治体が持っているさまざまな教育データの利活用を進め、エビデンスに基づいた自治体の教育施策につなげる。そんな「教室を科学する」ためのプロジェクト資金と賛同者を集めようと、3月8日までふるさと納税制度を活用したクラウドファンディングを実施している。なぜ一自治体である戸田市が、異色のプロジェクトを立ち上げたのか。その狙いを戸ヶ﨑勤教育長に聞いた。

「匠の技」を可視化する
――「教室を科学する」プロジェクトの背景には、どんな問題意識があるのですか。
「ぜひ多くの自治体に賛同してほしい」と呼び掛ける戸ヶ﨑教育長(2020年4月17日撮影)

教育改革は3つの「つ」がネックとなっています。すなわち「つづける」「つなげる」「つかう」です。新たに何かを始めることよりも、継続する方が難しい。しかも、社会の大きな変化に合わせて柔軟に変えていかなければなりません。そして、学校や自治体単位でやっていることが、なかなか外に横展開されないのです。さらに、さまざまな優れた教育実践やデータが蓄積されていても、それらが利活用されず、資料が「死料」になったり、一から始めたりと、効率性や生産性などに難があります。

そして、教育改革を進める上での最大の課題が「3K」。つまり「経験と勘と気合」からの脱却です。教育改革を議論する上で、多くの人が個人の経験や勘を基に、熱い教育論を語りますが、その客観的な根拠を示せる人はほとんどいません。これでは、エビデンスに基づく施策はいつまでもできないのです。

もう一つ、学校現場では今、若い教師が増えていて、指導力のあるベテラン教師の「匠の技」をどう継承させていくかで頭を悩ませています。これも、今までであれば「背中から学べ」「習うより慣れろ」と、気合で継承していましたが、それでは伝わる部分と伝わらない部分があります。何より効率性もよくありません。教師の優れた指導力とは何なのかを、言語化、定量化、可視化する必要性があると感じていました。

さらに、学校や自治体が追究すべきなのは、望ましい教育的な営みが、教育現場で十分に実現されることです。実践者と研究者が学校の教育実践を観察し、それがどれほど教育的な営みとして成立していたか、何が成功の秘訣かを丁寧に分析検証することが、最も貴重なエビデンスになります。それゆえ、「エビデンス・ベース」より、「エビデンス・インホームド」という方がふさわしいのかもしれません。

教育委員会にシンクタンク
――自治体で教育データの利活用を進めるには、どんな体制が必要なのでしょうか。

戸田市教委では、昨年6月に教委の中にEBPMを行うシンクタンクを設置しました。さまざまな専門家もアドバイザリーボードとして参画し、教育データを分析できる専門人材も採用しました。

例えば、さまざまな研究者や企業が戸田市の教育データを利用して、その成果を還元してもらいます。研究者や企業が個別に分析などをするのではなく、シンクタンクの下で得られた知見を集約できれば、さらに新たな成果が見えてくるかもしれません。

その際にやはりネックになるのが、個人情報の取り扱いです。手続きを踏むだけでも膨大な作業と時間が伴います。そこで、戸田市教委ではスクールロイヤーの教育委員版と言える「教育委員会ロイヤー」を二人委嘱しました。そのうちの一人は個人情報の取り扱いを専門としている弁護士で、リスクマネジメントなどの助言を得ながら行っていきます。

いずれにしても、こうした取り組みを腰を据えて行うには、予算が必要です。これまでも多くの企業や大学などと共同研究を進めてきましたが、期限付きのプロジェクトでは限界があります。また、コロナの影響で財政が非常に厳しい状況です。そこで、この取り組みの趣旨に賛同してくれる方から資金を調達する、クラウドファンディングに着目したわけです。

――クラウドファンディングは目標額が500万円とのことですが、具体的にどんなことに着手する予定ですか。

まずはベテラン教師の指導力を分析する「匠の技」の可視化を試みたいですね。例えば、教室の中で机間指導をしている様子をトレースしたり、子供との発話の量や内容を分析したりできれば、いろいろなことが分かると思います。

また、県内の一部の自治体と連携して、埼玉県学力調査などのデータベース化を進め、地域や施策による違いが、子供の学力にどのような影響を与えているのかなどを明らかにできればと考えています。

これらによって、何となく現場の教師が肌で感じていた「良い指導、効果のある教育」の正体が明確になり、自信につながるのではないでしょうか。

そういう現場の実践の肝を裏付けるデータが出てくると、逆に、やらなくてもいいことも分かってくると思います。効果の根拠はないけれど「子供たちのために」と頑張りすぎてしまうのが、教師の性です。しかしその結果、仕事の際限がなくなり、長時間労働が生み出されてしまっています。あまり効果がないものや、やらなくてもいいことが明確になれば、教師も迷うことなくやめることができ、働き方改革になるはずです。

賛同する自治体とEBPMを横展開
――改めて、全国の自治体や教員にメッセージをお願いします。

警察の捜査でDNA分析などの最新技術が使われているように、教育にも科学を取り入れなければなりません。何より、自治体や学校がそれを行う上では、現場の気付きに寄り添う研究が求められます。これからは、学力テストの結果だけでなく、さまざまな子供の姿、授業という営みがデータとして可視化できるでしょう。そうなれば、教師自身が、これらのデータをどう分析し、授業改善などにつなげられるかが問われます。

今後は、指導主事にも教師にもさまざまなデータを正しく読み取れる基礎的なデータリテラシーが求められます。また、過去のデータを現在や未来の教育活動に生かしていく意識改革やスキルも必要となります。一方、教育はビッグデータや量的エビデンスだけでなく、スモールデータや質的エビデンスも重要です。とにかく学校現場から得られる気付きを、研究者の支援を受けつつEBPMに反映したいのです。

そして、無駄を排することで働き方改革にもメスを入れ、学校現場をもっと元気にしたいのです。

クラウドファンディングをやろうと思ったのは、こうした思いを共有してくれる同志を全国から募りたかったからです。規模の大小を問わず、全国のいろいろな自治体がつながってくれたら、可能性は一気に広がります。

もちろん、クラウドファンディングに賛同してくれた方には、その成果を還元します。それによって、これまでは好事例を参考にすること程度しかできなかった「横展開」も、根拠となるデータや最新の知見が備わったものになり、より本質的な横展開ができるようになるでしょう。

そうやって、お互いに助け合いながら、自治体発の教育改革を一緒にやっていきませんか。

「教室を科学する」プロジェクト クラウドファンディングのウェブページはこちら

【プロフィール】

戸ヶ﨑勤(とがさき・つとむ) 埼玉県戸田市教委教育長。小・中学校長、戸田市および埼玉県教委などでの勤務を経て、2015年より現職。教育再生実行会議WG委員、中教審第3期教育振興基本計画部会委員、中教審初等中等教育分科会臨時委員、全国的な学力調査に関する専門家会議委員、経産省 「未来の教室」とEdTech研究会委員など。

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