全連小・大字新会長が語る教師の役割 「足跡の残る仕事」

GIGAスクール構想や35人学級の実現など、小学校教育は大きな変革期を迎えている。一方で教員採用倍率の低下など課題も多く、教員の在り方も今までになく問い直されている。新たに全国連合小学校長会(全連小)の会長に就任した、東京都世田谷区立下北沢小学校の大字弘一郎統括校長は、教員の仕事について「降り積もった真新しい雪の中を、一歩一歩進んでいくような仕事」と話す。「舗装された道を歩くのと違い、歩いてきた道に足跡が残る」――。そう語る大字新会長に、これからの変革への期待や教員のあるべき姿、全連小会長として取り組むことなどを聞いた。

東京の感覚で物事を動かしてはいけない
――全連小の会長として取り組みたいことは。
新たに全連小会長に就任した、世田谷区立下北沢小学校の大字統括校長

とにかく全国の小学校の校長先生の声をしっかり聞きたいというのが一番です。これまで全連小の対策部長を2年間務める中で、同じ日本でも、地域によって抱えている課題も強みも本当にさまざまだという実感がありました。

例えば東京都では音楽、図画工作、家庭は教科担任が担うのが一般的ですが、九州などには「小学校なのだから全教科、担任が担うのが当たり前」という地域もあります。全連小では慣例として東京都の校長が会長になりますが、東京の感覚で物事を動かしていくのは望ましくないと思っており、全国の声をしっかり受け止めたいと思っています。

全連小の大きな役割は、全国の多様な状況を吸い上げて、それをもう一度、全国に還元し、それを基に目の前の教育活動を前に進めることです。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、全連小では各都道府県の取り組みや課題、悩みなどを共有してきました。各都道府県ではそれぞれの教育委員会と連携して、現場を変えていくことになるので、各都道府県の校長会と教育委員会の良い関係も重要です。

もう一つ取り組みたいのは、先生たちが元気になれるようなメッセージを発信し続けることです。「今の教育界には課題が山積して……」と枕ことばのように語られることが多く、実際、たくさん課題を挙げることもできるのですが、あえて前向きなメッセージをたくさん伝え、一つにまとまれるように促していきたいと考えています。

GIGAスクール構想に「大きな可能性」
――多くの小中学校でGIGAスクール構想による1人1台環境が実現しつつあります。現状をどう見ますか。

GIGAスクール構想は大きな可能性を秘めた取り組みだと、肌で感じています。本校は今年度からGIGAスクール構想推進チームを校務分掌に新設し、50代の民間企業出身の教員、40代の主幹教諭、40代の研究主任、20代の若手の4人が中心となって、区で配布されたiPadを授業などで日常的に活用しています。

推進チームの4人は自分たちの目線で進め方を考え、どんどん教員たちに発信しています。「一般的な操作マニュアルでは使い勝手が良くない」と、独自のマニュアルを作ってしまうほどです。夕方に15分ほどの研修会を開いて、「今日はこの機能を試してみよう」と一つずつ学んでいます。

あまりICTが得意でないベテラン教員も、推進チームに使い方を尋ねたり、マニュアルを見たりして、思わず使ってみたくなるような空気ができています。教員が推進チームに教えてもらいながら使い方を学んでいくことと、子供が端末を使って学ぶことはリンクしていて、教員が学んだときに感じた気持ちを、次は授業で子供と共有していくことができるように思います。

また、ベテラン教員がこれまで培ってきた経験と、これからのICTを融合させていけたらよいと思っています。スキルだけでなく気持ちの面でも、ベテランと若手の間で、思いを一つにして進めていきたい。今や私も教員から、「校長室通信を(マイクロソフトの授業支援ツールの)チームズで共有してください」とせっつかれています。

全国に目を向けると、1人1台の活用状況には差があるようです。全連小でも、異なる都道府県のメンバーでざっくばらんに情報交換する場を設けるなどの取り組みを進めていきたいと考えています。

全連小会長として「全国の小学校の校長先生の声をしっかり聞きたい」と話す
――小学校では今後5年間をかけて、35人学級が実現する見通しです。

今後5年間でどの学年も35人になるのは本当にうれしいです。ただICTを本格的に使うようになれば、1クラスの人数は30人以下が望ましいと思います。一人一人に目を配るためには35人では多く、27人、28人が限度でしょう。できればそのくらいを目指して、少人数学級の推進を訴えていきたいと考えています。

また、都市部を中心に教室不足が懸念されています。都内の住宅地にある本校も間違いなく足りなくなるので、増築なども検討しなければなりません。校長会としても、自治体に対して計画的な環境整備を進めるよう、求めていく必要があります。

少人数学級の効果は、昨年度の分散登校で強く実感しました。半分になったクラスを相手にして、職員室に戻ってきた教員は「こんなに一人一人、見てあげられるんだ」「本当は、ここまで手をかけないといけないんだ」と漏らしていました。40人近くが一緒に学ぶ教室で息苦しさを感じていた子、学校に来づらかった子も、あのスペースがあればずいぶん楽に、教室に入れることもあるようです。

教員に求められるベースは不変
――これからの教員や管理職に求められるものは。

令和の時代にふさわしい教員の資質能力が議論されていますが、教員に求められるベースは不変だと思っています。子供に対する愛情が基本。ここにいるこの子を何とかしたい、もっと力を付けさせたい、次の時代を生き抜く力を付けさせたいと思えば、どんな時代でも、教員は自分を磨くと思うのです。

制度の面では、中教審で教員制度改革の議論が始まっています。例えば教員免許更新制で、「受けたい内容の講習が受けられない」といった課題は変えていかなければならないでしょう。一方、自分の職場を変えていくのは自分たちですから、制度によらず、校長や副校長に改革案を伝えるなど、現場でできることもあるはずです。

本校では昨年の臨時休校中、教員の側から「Zoomというものがあるのですが、これを使ってオンライン授業をやらせてもらえませんか」と申し出がありました。教員が子供に対して「やりたい」という思いを実現するのが管理職の役割ですから、提案通り進めることにしました。ただ一方で、教育委員会の方針などを重視して、慎重な姿勢を崩さなかった管理職もいるようです。

管理職は教員が意見を言いやすくなるよう、1対1の面談などを通じて、それぞれの教員のキャリアや個性、考え方を踏まえながら意見を引き出していき、自分の学校の経営に還元していくというプロセスを、丁寧に進めていく必要があると考えています。

足跡に子供たちの顔が重なる
――これまでのキャリアで印象に残っていることは。

小学校の教員を目指したのは、学級担任として子供と長く関わることができるからです。最初の勤務校で5~6年生を担当した子たちとは、休み時間も放課後も一緒に遊び、夏休みには勉強会やスポーツもするほど、濃い関係でした。

いよいよ卒業を迎える時には、3月に入るあたりから寂しくて仕方がなくて、一人になるとぽろぽろ泣いていました。卒業式では何とか名前だけは呼んだものの、席に戻ってからは号泣でした。子供たちも大号泣。それが教員生活のスタートでした。

高学年を担当することが多かったのですが、別の勤務校で担当した1年生も本当にかわいくて、かわいくて。「大字先生!」と坂の下から駆け寄ってくる、漫画のような場面が毎日のようにあったことを思い出します。

1年後に教育委員会への赴任が決まり、離任式の後に教室を訪れると、子供たちが机に突っ伏してわんわん泣いて、顔も上げてくれない。子供がこんなに泣くのかと、その場面は忘れられません。子供たちからは愛してもらったという思いがあり、それが今に至るまでの、全ての原動力になっています。

保護者にも恵まれていたと思います。新任の頃、家庭訪問で最後の家庭に着くと、その日に訪問した家庭の保護者がみな集まっていて、テーブルの上にお寿司やビールを並べてもてなしてくれたことも。「大字先生は私たちが育てるんだから」と言われていたことを覚えています。

教員の仕事について「これほど楽しめる仕事はない」と語る
――読者へのメッセージを。

この仕事は履き慣れたスニーカーを履いて、舗装された道路の上をサクサクと歩いていくような仕事ではありません。どちらかと言えば、降り積もった真新しい雪の中を一歩一歩、ザクッ、ザクッと踏みしめながら歩いていくような仕事だと私は思っています。

雪が深くて前に進めないのではないか、次の一歩が踏み出せないのではないか、と思うことが、一度や二度ではなく、何度もあります。決して楽な仕事ではないので、教員を目指す人は、それなりの覚悟をして入ってきてほしい。

とはいえ、舗装された道路はどれほどスムーズに歩けたとしても、振り返った時に足跡がつきませんよね。私たちの場合、自分が歩いてきた道には必ず足跡が残っています。歩んできたところに足跡が残り、そこに子供たちの顔が重なってくる。間違いなくやりがいはあります。年を取ってからも、これほど楽しめる仕事はないと思っています。

かつて担任した子供たちが二十歳になった時、同窓会に呼ばれました。すると、教え子の一人がおらず、その代わりになんと父親が来ていました。その子は父子家庭で、かつては朝、遅刻しないように家まで起こしに行ったり、林間学校に行けるようサポートをしたりした子でした。彼は就職していて、その日は仕事で来られないとのことでした。

父親が言うには、その子が「大字先生はいつも『教師としてのプライドを持って、仕事をしている』と話していた。あの言葉を今でも覚えている。自分も就職し、プライドを持って仕事をしているから、今日は同窓会に来られない」と言っていたそうです。父親は「先生に義理は欠けない」と、その言葉を伝えに来てくれたのでした。子供には、私の思いが伝わっていたのですね。

昨今は教員不足が叫ばれていますが、だからといって思いのない教員が増えても教育は良くならない。教師という仕事の意義を一生懸命伝えていきたいと思います。

【プロフィール】

大字弘一郎(おおじ・こういちろう) 1964年生まれ。京都府出身。東京学芸大学教育学部卒。東京都の大田区立新宿小で教職生活をスタート。渋谷区立本町小学校副校長、渋谷区教委指導室長・教育センター所長などを経て、2019年から世田谷区立下北沢小学校統括校長。好きな言葉はレーシングドライバー・佐藤琢磨氏の「No Attack, No Chance(挑戦しなければ、チャンスはない)」。


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