ウェルビーイングとは何か 幸福学を研究する前野教授に聞く

今、新たなキーワードとして注目されている「ウェルビーイング」とは、一体何か――。政府の教育再生実行会議が6月3日にまとめた提言においても、ニューノーマルにおける教育の姿について、ウェルビーイングの実現を目指し、学習者主体の教育に変えていく方向性が明確に打ち出された。教育新聞では教育界のキーパーソンやイノベーターらに、5つの質問(▽ウェルビーイングの定義▽学校教育に必要なウェルビーイングとは▽それを実現するための具体策▽教師のウェルビーイング▽いま学校現場に伝えたいこと)を投げ掛けた。

第1回は、幸福学を研究する慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授に質問。前野教授は学習指導要領が示す「主体的・対話的で深い学び」は、「全てウェルビーイングのための条件だ」といい、「学校でも、幸せになるためにどうすればいいのかを学ぶべき」と話す。

「主体的・対話的で深い学び」は全て幸せの条件
――ウェルビーイングという言葉が注目されていますが、その定義をどのように捉えていますか。
幸福学研究の第一人者の前野教授

和訳すると「幸せ」「健康」「福利」となります。つまり、人々が精神的、身体的、社会的に良い状態であることを「ウェルビーイング」と言います。

ウェルビーイングが注目されるようになったのは、まず健康や心の幸せについての学問の研究が進んだからです。例えば、「やりがいがある人は幸せである」とか、「利他的な人は幸せである」「健康な人は幸せ」など、さまざまなことが学問的な知見からも分かってきたことにより、より良い心と身体の状態を意識することに注目が集まっているのです。

もう一つは、コロナのパンデミックも関係しているでしょう。コロナ禍で孤独を感じたり、心配するあまり心の病になったりする人も増えています。そうした社会状況の中で、世の中のニーズとして注目されるようになってきました。

これまで私たちは、より豊かに幸せになるために「発展」することを考えてきました。しかし、お金や物や地位をたくさん得ても、「幸せ」は長続きしないということが、研究によって明らかになっています。

今、世の中は「発展」よりも、サスティナブルなウェルビーイングに大きくかじを切ろうとしています。そうしなければ、環境問題や貧困問題、少子化問題など、さまざまな社会課題に人類はもう、もちこたえられなくなってきているのです。

――これからの学校教育に必要なウェルビーイングについて、どう考えますか。

学習指導要領が示す「主体的・対話的で深い学び」とは、幸福学を研究している私から見ると、全て「幸せの条件」と捉えることができます。

まず、言われた通りに学ぶのではなく、主体的に学ぶことはウェルビーイングに影響することが知られています。「自分たちの力で学ぶ」学びに変えていくことを、先生たちにも意識していただきたいです。

また、孤独は幸せの敵であることも分かっています。人とコミュニケーションを取り、多様な人を認め合いながら、力を合わせて生きていくことが、これからの時代には必要です。競争して打ち勝って、自分だけが成長するのではなく、対話的であることが大切なのです。

さらに、深く学ぶことで、自分の軸が見つかります。それぞれの個性をもっと発揮できるようになるでしょう。

このように、今回の学習指導要領は学術的に明らかにされた「幸せの条件」をうまく取り入れていると思います。これをしっかりと実現していくことが、子供たちのウェルビーイングにつながっていきます。

学校でウェルビーイングについて学ぶべき
――実現するためには、具体的にどのようなことが必要でしょうか。

まず、先生が幸せであることです。幸せの研究から、幸せはうつることが分かっています。つまり、先生が幸せなら、子供も幸せになる。親が幸せなら、子供も幸せになる。幸せな子供がいれば、周りの子も幸せになります。

そして、学校でウェルビーイングについて、学ぶべきだと思っています。今、公立小学校の先生たちと、子供たちが取り組む「ウェルビーイングダイヤログカード」を制作中です。例えば、人は感謝したり、チャレンジしたりしていると幸せになるので、「感謝していることは何ですか?」「チャレンジしていることは何ですか?」など、幸せになるための条件を学びながら、みんなで対話しながら学んでいくものです。

実際に、小学校の道徳や総合的な学習の時間で試してもらっていますが、「ウェルビーイングの授業が一番楽しい!」と子供たちにも好評のようです。

私も、以前から全国の小中高校でウェルビーイングの授業をしています。「幸せになるにはどうすればいいのか?」ということは、絶対に知っておくべきことなのに、ほとんどの学校では学びませんよね。子供たちは「幸せ」について学んでいく過程で、自分は実は粘り強いんだということを知ったり、自分にはこんなに優しい友達がいるんだということを知ったり、自分の本当にやりたいことについて考えます。

このように、自分自身を振り返りながら、自分を知ることが必要なのです。そうすれば子供たちの自己肯定感が高まり、より力強く歩めるようになるでしょう。

目の前の仕事に振り回されていないか
――教師のウェルビーイングについては、どうお考えですか。

学校はとにかく忙しすぎると思います。私は企業の働き方改革にも関わっていますが、働き過ぎで疲れているときに、労働時間を減らすことよりも、同僚からの声掛けの方が影響するという結果が出ています。

例えば、「いつも頑張っているね」「いざとなったら手伝うから、任せて!」といった周囲からの声掛けで、人は「よし、頑張ろう」と思えるのです。労働時間を減らすことも大切ですが、勇気づけたり、励まし合えたりするような人間関係を構築することを意識してみてはどうでしょうか。

また、「大きな声であいさつしよう」とか、「夢や目標を持とう」と子供たちには言うのに、先生たち自身はどうでしょうか。「忙しすぎて、夢なんか考える暇もないですよ」では、駄目だと思うんです。

教育は過去と未来をつなぐ、とても大事で、やりがいのある仕事です。人を育てる先生という仕事は、本当にスペシャルな仕事です。私は企業のエンジニアから大学教員になりましたが、教員の仕事の方が100倍楽しいと感じています。

皆さんは、目の前にある仕事ばかりに振り回されていませんか。「視野の広い人は、視野の狭い人より幸せ」という研究結果もあります。そもそも自分はなぜ先生になったのか、何が夢なのか、自分を振り返る時間を取ってみてください。自分の夢や目標があってこそ、目の前にある仕事にも主体的に取り組めるのだと思います。

――いま、学校現場に伝えたいことは。

私は1日16時間、365日働いていますが、主体的にやっている仕事だから、全く疲れません。でも、もともとそうだったわけではないんです。幸せの研究をして、主体的にやりがいを持ち、いろんな大切な人とつながりながら仕事をしていくことで、幸せになっていったのです。

例えば、サッカーも練習すれば、少しずつうまくなります。幸せも、実践すれば少しずつ幸せになっていきます。忙しいから無理だ、自分なんか駄目だと思っていると、どんどん不幸せになっていきます。

ちなみに、私が幸せの研究を始めたのは、40代に入ってからです。つまり、何歳からでも変えられるんです。5年前と比べても、「前野さんはいい顔になりましたね」と言われます。心掛け一つで、雰囲気や顔も変わっていくものです。そして、そういう変化は子供たちが一番に見抜いてくれるはずですよ。

幸せやウェルビーイングは、微分方程式を解くとか、そういう難しいことではありません。感謝したり、あいさつしたり、やりがいを持ったり、夢を持ったり、チャレンジしたりする。日頃、先生が子供たちに言っているようなことを、小さなことからでもいいので、取り組んでみてください。

【プロフィール】

前野隆司(まえの・たかし) 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。キヤノン㈱でのエンジニア職、慶應義塾大学理工学部での教員職を経て現職。研究分野は人間システムデザイン(社会・コミュニティー、教育、地域活性化、農業、NPO、ヒューマンインターフェース、認知科学・哲学など)、幸福学など。著書は『7日間で「幸せになる」授業』(PHP研究所)、『「幸福学」が明らかにした 幸せな人生を送る子どもの育て方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。


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