ウェルビーイングを実現する教育改革 遠藤熊本市教育長に聞く

教育界のキーパーソンに「ウェルビーイングとは何か」を聞くシリーズの第2回は、熊本市の遠藤洋路教育長にインタビューした。昨年、同市教委は「ウェルビーイングを実現するための教育」をテーマにしたオンラインイベント「Kumamoto Education Week」を行うなど、市全体で主体性を高める学校改革を進めている。遠藤教育長は「将来、苦労するから」などと、子供たちに我慢を強いることも多い今の教育に対して、「子供のウェルビーイングが軽視されている」と警鐘を鳴らす。学校を“ウェルビーイングな場”にしていくための同市の取り組みに迫った。

子供は子供として幸せである必要がある
――ウェルビーイングの定義を、どう捉えていますか。

「幸福の実感」ということだと思っています。自らが幸福を実感できる人生、全ての人が幸福を実感できる社会、それがウェルビーイングということだと、私は解釈しています。

熊本市では、2020年7月に新しく策定した教育振興基本計画の基本理念を「豊かな人生とより良い社会を創造するために、自ら考え主体的に行動できる人を育む」としました。

この「豊かな人生とより良い社会」というのがウェルビーイングです。まず、自分が幸福を実感できる人生を創造するということ。そして、全ての人が幸福を実感できるような社会を創るということ。その両方ができる人を育てようというのが熊本市の考えです。

――これからの学校教育に必要なウェルビーイングについて、どう考えますか。

子供たちのウェルビーイングが、軽視されてきたように思います。子供時代というのは、これまで「大人になるための準備期間」という面が重視されてきました。だから学校でも「将来、社会に出て困らないように我慢しろ」とか、「子供のうちに苦労するのが大事だ」と指導する場面も多かったように思います。

でも、それだけではなくて、子供は子供として幸せである必要があるのです。そこをもっと見直していくべきです。

学校というのは、子供たちにとって将来に向けた準備の場であるとともに、子供として生活する場でもあります。だからこそ、子供は今も幸せじゃなきゃいけないし、将来も幸せじゃなきゃいけないんだという意識に変えていかなくてはならない。

それでも「甘やかしたら、将来苦労する」などと思う大人がいるとしたら、それはつまり苦労するような世の中をつくっている大人の責任なのです。そうではない世の中をつくれるような人を、学校で育てるべきだと考えています。

自分たちで自分たちのルールをつくる経験を
――実現するためには、具体的にどのようなことが必要でしょうか。

学校全体で主体性を育てる改革を進めている遠藤教育長

学校生活全体で主体性を育てる、そういう改革が必要だと思います。

学校の一番中心的な授業は、熊本市では「先生が教える授業から、子供が学び取る授業に」と表現していますが、「主体的・対話的で深い学び」にしていくことです。また、授業以外の校則や部活、学校行事や教員との関わりなど、学校生活のいろいろな場面でも、主体性を育めるような環境づくりが必要です。

例えば、熊本市では校則・生活指導の在り方の見直しを進めています。「自分たちで自分たちのルールをつくる」「自分たちで自分たちの社会をつくる」ということを、子供の頃からしっかり経験していけば、「大人になれば理不尽なこともあるんだから我慢しろ」ではなくて、「理不尽でない世の中を自分たちがつくる」力をつけることができるでしょう。

また、校則の見直しは、子供だけでなく、教員や保護者も関わりながら進めています。なぜなら、教員や保護者も主体的に学校づくりに関わる必要があると考えているからです。

私たち大人も、「自分たち自身が社会をつくっている」という意識がないから、子供たちに対して「社会に出たら大変だぞ」などと言うわけです。学校生活のあらゆる場面において、全ての人たちが「自分たちが社会をつくっている主役の一人なんだ」という意識を持つ。そういう場づくりをしています。

学校をウェルビーイングな場にしていくことができれば、当然、その子たちが大人になって社会に出たときに、社会をウェルビーイングな場にしていくことができるでしょう。「自分たちがそれをしなければならない」という意識と能力を持った人が育つはずです。

目の前の仕事に振り回されていないか
――教員のウェルビーイングについては、どうお考えですか。

今は長時間労働など、教員のウェルビーイングを阻害するようなマイナスの要素が大きくなっていると感じます。行政としては、そのマイナス要素を減らす仕組みや環境づくりを進めています。

例えば、このような厳しい状況の中でも、教員は資質向上を求められています。しかし私は、教員の意識や資質に頼らなくても良い授業や学校運営ができる仕組みと環境をつくる方が大事だと考えています。そのための一つの策として、熊本市では積極的にICTを導入し、ノウハウを蓄積して、それを各学校に広めるようにしています。

部活動の改革も進めています。文科省では休日の外部委託を検討していますが、熊本市ではこれを平日も取り入れようと考えています。また、指導者を外部に委託するのは同じですが、その指導者というのは地域や民間の人でもいいし、学校の教師でもいい。つまり、部活をやりたい教員は、放課後は外部団体の人として部活の指導をし、報酬をもらうようにするのです。

このやり方のメリットは、どのくらい地域や民間の人材が集まるかにもよりますが、基本的には部活をやりたい教員以外は部活をやらなくてもよくなります。「やりたい人がお金をもらって指導する」という体制ができると考えています。また、教員が異動になったとしても、継続して同じ学校の部活の指導ができるようになります。各家庭の負担も計算しながら、こうした部活動改革の構想を練っているところです。

――いま、学校現場に伝えたいことは。

教師が真面目なのは悪いことではありませんが、もうちょっと気楽にやったらいいと、私は常々思っています。休むときは休んだらいいし、楽しむときはもっと堂々と楽しめばいい。

そうでなければ、実際に働き方が楽になっても、後ろめたい気持ちで早く家に帰るというようなことになってしまいます。教員自身が人生を楽しむ。幸せを実感する。どんな状況でも、それができるようになっていかなければ、本当の意味でのウェルビーイングは実現できないのではないでしょうか。

なにより、みんながあくせく働かなくては食べていけないような今の世の中は、おかしいと思いませんか? もうちょっと気楽に、みんなが人生を楽しめるような世の中を、みんなでつくりましょう。そして、これからそんな世の中をつくってくれる子供たちを育てる。そういう意識を、学校現場にも持ってほしいと思います。

【プロフィール】

遠藤洋路(えんどう・ひろみち) 熊本市教育長。1974年生まれ。埼玉県出身。東京大学法学部卒業。ハーバード大行政大学院修了(修士)。文科省で生涯学習政策、学術交流政策、知的財産政策などを担当し、多数の新規立法・法律改正に携わる。2010年に退職し、友人と政策シンクタンク「青山社中株式会社」を起業。同社共同代表を経て、17年度より熊本市教育長に就任。

関連記事