自己決定がウェルビーイングにつながる 立命館守山中・加藤智博教諭に聞く

教育界のキーパーソンに「ウェルビーイングとは何か」を聞くシリーズの第4回は、立命館守山中学校の加藤智博教諭にインタビューした。加藤教諭は教育界でウェルビーイングが注目されるようになってきた理由について、「今が日本の教育観を捉え直すターニングポイントだからではないか」と話す。幸せの感じ方や在り方が変わった今、「学校教育はこれまでと同じアプローチでは子供のウェルビーイングを育めない」と危機感を募らせている。これまでの学校教育の在り方を見直すためのポイントについて聞いた。

幸せの感じ方や在り方が変わってきた
――ウェルビーイングという言葉が注目されていますが、その定義をどのように捉えていますか。

人によって表現は違いますが、私は心身共に健康で、幸福感や満足感を「持続的」に感じられている状態だと捉えています。

例えば、「テストで良い点数が取れた」「先生に褒められた」といった瞬間的な喜びや幸福ではなく、もっと持続的な満足感やポジティブな感情だと思っています。

――教育においてもウェルビーイングが注目されるようになったのは、なぜでしょうか。

今が日本の教育観を捉え直すターニングポイントだからだと思います。例えば、「勉強」に絞ってみます。これまでは、一生懸命に勉強して、いい学校に入って、いい会社に就職して、安定した収入を得る。それで幸せが得られる、幸せになれるというイメージを、みんなが共通して持っていました。

しかし、そのレールに乗って、学歴も収入も安定も手に入れたけれども、「これは、幸せなんだろうか?」と、ギャップを感じている人がたくさんいます。それは、人々の価値観が多様化し、人それぞれ幸せの感じ方や在り方が違ってきたからだと思います。

これまで、学校は勉強をする場だから、「たくさん勉強すること」「いい成績をとること」が子供たちの幸せに必要だという意識が強くありました。だから先生は一生懸命勉強させようとしてきました。でも、本当にこれまでのアプローチが、これからの未来を生きる子供たちのウェルビーイングを育むのでしょうか。

私は子供が勉強を頑張ることやいい成績をとろうと努力することを、否定しているのではありません。たくさん勉強「させる」ために、いい成績を「とらせる」ために、努力「させる」ために、大人が躍起になってあれこれすることは、ウェルビーイングの視点からは一度考え直してみる必要があるように思います。理由は、そこに子供の感情が見えないからです。

私自身は、脳科学的にウェルビーイングを学んだり、スポーツメンタルトレーニングを学んだり、いろいろなことを学んでいくうちに、例えば日常の宿題の在り方や、テストでの順位付けなど、これまで学校が良かれと思ってやってきたことが、ウェルビーイングの視点では子供のマイナスになっていることも多いと感じています。

「自己決定」することが幸福感につながる
――学校教育でウェルビーイングを実現するためには、具体的にどのようなことが必要でしょうか。

どうしても教育は、「自分はこういう教育を受けてきた」「自分はこう指導してきた」というような、その人の経験則が大きく影響します。

そこに新たな視点や、別の人の経験や、諸外国の実践、学術的な視点など、これまで入れていなかったフィルターを通して、教育を見直してみることが必要だと思います。

また、学校現場ではまだまだ指示命令が多いけれども、最近は、例えば子供たちが中心となって校則を見直すなど、学校教育の中で子供たちに「自己決定」させようという動きも出てきています。

幸福感には所得や学歴よりも「自己決定」が強い影響を与えているという、神戸大学の西村和雄特命教授と同志社大学の八木匡教授の調査(2018.幸福感と自己決定—日本における実証研究)からも、こうした動きは非常に良いことだと思います。

ただ、実際に子供たちが「自己決定」したときに、子供の決定と大人の理想との間にギャップが生じることも多々あります。そのときに、教員は「経験値が少ない子供に決めさせるのは、まだ早かった。無理だったんだ」という判断を下し、元に戻る方を選びがちです。

しかし、質問ベースで子供と関わる、いわゆるコーチング的な関わり方を教員が身に付けていけば、そのギャップを埋めることも可能です。教育観が変われば、これからの教員に求められるスキルも変わります。そのための教員のスキルアップは欠かせないと思います。

「今後はコーチング的な関わり方が必要ではないか」と話す加藤教諭

もう一つ、業務のICT化は学校現場のウェルビーイングを確実に高めてくれると感じています。これまで学校は全ての業務が紙ベースで、非常に効率が悪かった。例えば、三者面談の出欠連絡にしても、プリントを作り、印刷し、各クラスで配布し、名簿を作って、回収して……と、かなりの工数がかかっていました。

そうしたことを例えば「Googleフォーム」にするだけで、「こんなに楽になるんだ!」ということを、私も実感しています。採点支援システムなども入れることができれば、採点にかかる時間も半分ぐらいになります。

GIGAスクール構想をきっかけに、全ての学校でこうした動きが加速化されれば、教員が新たなことに取り組む時間を生み出すことにもつながります。

自分には無い価値観を取り入れてみる
――自身のウェルビーイングについて、何か実践されていることはありますか。

自分にとって心地いいと思える瞬間が、なるべく多くある人生でありたいと思っています。それは皆さん同じではないでしょうか。

「人の役に立てた」というやりがいだったり、新しいことを学ぶときに受ける刺激だったり、自然に癒されることだったり、そうした自分にとっての心地よさに意識を向けるようにしています。

脳神経科学の研究によると、人はネガティブな方に意識がいきやすいそうです。だから、「今日はこれができた」「今日はこれが嬉しかった」というような、自分にとっての幸せな瞬間を振り返る時間を作るようにしています。意識して振り返って、もう一度、脳に刻み込むことで、幸せを感じる感度が上がってくるそうです。

脳神経科学を学んで脳の特性を知ることで「今、自分の中でこういうことが起きているんだな」と俯瞰できるようになったことも、自分のウェルビーイングにつながっていると感じています。

――いま、学校現場に伝えたいことは。

学校現場では、誰もが子供のウェルビーイングを願っていて、一生懸命に頑張っています。しかし、例えばユニセフの先進国の子供の幸福度についての報告書によると、38カ国中、身体的健康は1位なのに、精神的幸福度は37位という結果が出ているなど、これまでの教育を一度疑ってみる、見直してみる必要性を感じています。

一度、職場や研修会、オンラインのコミュニティーなど、みんなで議論する機会をつくれたら、この課題も少しずつ進んでいくのではないでしょうか。

見直した結果、「やっぱりこれは子供のためになっているな」ということもたくさんあると思います。一方で、「これはこれからの未来を生きていく子供たちにとっては、違うのかもしれない」ということや、「ある子にとっては効果的でも、ある子にとっては傷つき体験になってしまう」ということもあるかもしれません。

そうした話し合いの中で、自分とは違う考えの教員がいるとしたら、「◯◯先生がそう考えるようになったきっかけは、どんなことなんですか?」と聞いてみるといいと思います。すると、自分には経験したことのない出来事があって「だからそういう考えにいき着いたのか」と、その教員の考えも理解することができます。

自分にはない価値観を一度取り入れてみて、自分の経験値や感覚を一度疑ってみる、違う視点で捉え直してみるということが大事です。ディベートではなく、対話を重ねることで、これからのウェルビーイングをみんなで考えていきませんか。

【プロフィール】

加藤智博(かとう・ともひろ) 立命館守山中学校教諭。鳥取県鳥取市出身。2020年3月まで勤めた東京都千代田区立麹町中学校で生活指導主任(現・生徒支援主任)と学年主任を兼務し、工藤勇一前校長の下で進められた教育改革の現場で中心的役割を担う。20年4月より立命館守山中学校に赴任し、20年度は中学1年学年主任、21年度は生徒部主任。同中学の硬式野球部顧問も務める。麹町中での経験を生かし、生徒の自律を育む教育を継続実践中。Dancing Einstein認定well-being coordinator。


ニュースをもっと読む >